調査・報告

中国の豚肉価格の動向とその背景

国際情報審査役代理   谷口 清

 

 中国は、豚肉の生産量が食肉総生産量の3分の2近くを占め、一人当たりの年間消費量は40キログラム前後で、牛肉の約7倍、鶏肉の約5倍に相当し、豚飼養頭数および豚肉生産量ともに全世界の半分を占める養豚大国である。中国で単に「肉」と言えば、一般には豚肉を指すように、豚肉は伝統的かつ国民に最も身近な食材の1つであり、いわば生活必需品として認識されている(本誌2007年10月号調査・報告「中国の豚肉備蓄制度」参照)。

 中国の豚肉価格は、2003年後半ころからダイナミックな騰落の動きを見せ、2007年8月初旬には1キログラム当たり20元(約298円:1元=14.9円)を超える歴史的水準に達し、その急騰ぶりが中国内外で大きなニュースとして取り上げられた。その後、価格はこれをピークに徐々に下がり始めたものの、中国国家統計局が発表した2007年8月の消費者物価指数(CPI)上昇率は前年同月比6.5%高と、96年12月の同7.0%高以来およそ11年ぶりの高水準を記録した。今回は、こうした最近の中国の豚肉価格の動向とその背景などについて述べる。


1 最近の豚肉価格の推移と背景

1 2003年から2004年
 〜食糧生産の減少と豚肉高騰〜

 食糧省長責任制の導入(95年)などを背景として、96年に5億トンを突破した中国の食糧(中国ではコメ、小麦、トウモロコシなどの穀物および豆類、イモ類を糧食=食糧と称する)生産量は、99年まではおおむね5億トン前後を保っていた。しかし、2000年に食糧生産に対する行政指導が緩和されると、増産に伴う生産収益の低下を反映し、農家の他作目への転作および都市部への出稼ぎなどが進み、2000年以降は食糧生産が毎年減少することとなった。そして、2003年には、は種面積の減少に加え、洪水や干ばつなど自然災害の影響もあり、食糧生産量は4億3千万トン強と、国内消費量などを基に、中国政府が最低ラインと認識していたと推測されている4億5千万トンを割り込む事態となった。想定外の減産に、中国政府は2004年から食糧増産に向けた数々の政策を打ち出すこととなるが、2000〜2003年の食糧生産の減少は食糧価格を高騰させ、さらには豚肉をはじめとする食肉価格の高騰をも導くこととなったとされる。

 これに加え2004年は、鳥インフルエンザの影響により、鶏肉から豚肉への需要シフトが見られたことや感染症予防コストが増加したこと、トラックの過剰積載に対する取り締まり強化により、輸送コストが上昇したことなどもあり、商務部市場運行調節司の統計によると、2004年9月17日の生鮮豚肉卸売価格(枝肉、部分肉などのベースは不明。以下、中国の食肉価格について同じ)は、前月同期(2004年8月20日)比6.8%高、前年同期(2003年9月19日)比37.8%高の1キログラム当たり14.00元(約209円)となった。

図1 中国における食料のは種面積および生産量の推移

2 2005年から2006年
 〜一時的な高騰から下落、再び高騰へ〜

 2003年下半期から2004年の豚肉高騰に対し、商務部が中央備蓄肉管理弁法を緊急に制定するなど、中国政府は、関係各部署が価格制御に向けた政策を相次いで実施した。これらの努力により、豚肉価格は2004年9月中旬をピークに下落し、商務部市場運行司発表の生鮮豚肉卸売価格は、翌2005年11月には1キログラム当たり10元台半ばを割る水準まで低下した。その後、需要の最盛期である春節(旧正月)などに向け一時的に高騰したものの、2006年の春節後は再び下落を続けた。

 中国では、最需要期である春節に向け豚肉などの価格が高騰し、春節後に下落するという図式がほぼ毎年のように見られる現象となっている。しかし、2006年は春節(2006年1月29日)後の2月中・下旬から豚肉が大きく値崩れし、春節直前の1月20日の生鮮豚肉卸売価格(1キログラム当たり11.81元=約176円)に比べ、5月中旬〜6月中旬には約16〜17%安となる同9.8元(約146円)前後まで下落した。

 また、豚(生体)の価格とこれに占める飼料費、特にトウモロコシ価格との比率を表す豚/穀物比は、2006年1月の5.87から低下を続け、3月には損益分岐点とされる5.5を割る5.22に、5月には警戒ラインとされる4.5を割る4.45となり、6月には年内最低の4.37まで低下した。

 この原因としては、(1)2005年の豚肉価格がまだ比較的高かった時期に、利益を当て込んだ養豚農家が生産規模を拡大した結果、2006年上半期に豚の出荷頭数が増えたこと(参考:国有企業系の中国食品集団公司などによると、出荷増により同年1〜3月の豚肉生産量は前年同期比4.6%増とされる)、(2)経済成長に伴い食肉消費の多様化が進み、相対的に豚肉の消費量が減少したこと、そして(3)口蹄疫や連鎖球菌症、鳥インフルエンザなど重大な動物感染症発生に対する心理的影響から、食肉消費が全体に落ち込んだことなどが挙げられている。

 2006年の豚肉価格の下落はまた、これ以上の損失を恐れた養豚農家による母豚のと畜や子豚の安売りなどを招き、豚および豚肉価格下落の悪循環を生み出した。しかし、7月以降、母豚および子豚のとうたが出荷頭数の減少を招いたことに加え、豚の主要な生産地でもある南部において、台風や洪水、あるいは干ばつなどにより飼料価格が高騰したこと、さらに高病原性豚繁殖・呼吸器障害症候群(Porcine Reproductive and Respiratory Syndrome:PRRS)の影響などが重なり、豚および豚肉価格は上昇に転じた。

図2 中国における生鮮豚肉卸売価格の推移

3 2007年上半期
 〜記録的な豚肉価格の急騰〜

 2006年7月に反発した豚肉価格は、2007年の春節(2007年2月18日)まで高騰を続けた。その後、例年の春節過ぎの傾向同様、4月中旬までは下落し、春節直前の2007年2月16日の商務部市場運行司発表の生鮮豚肉卸売価格(1キログラム当たり13.90元=約207円)に比べ、4月13日には6.8%安となる同12.96元(約193円)となった。

 ところが、4月下旬以降、豚肉価格は記録的な急騰に転じた。特に4月下旬から5月にかけ、生活必需品でもある豚肉価格が突然とも言える高騰を見せた際には、温家宝国務院総理が自ら価格安定を指示するほどの大きな社会問題として取り上げられた。

その後、政府の関係部署の講じた対策などが奏功し、6月初旬にかけてわずかながら下落ないし横ばいとなったものの、6月下旬から再び上昇に転じ、記録的な勢いで急騰した。

図3 最近の中国における豚及びトウモロコシ平均価格の推移
(2006年1月〜2007年10月)

4 2007年下半期
 〜急騰から反落、再び反騰へ〜

 6月下旬から再び上昇に転じた豚肉価格は、その後も急騰を続け、商務部市場運行司発表の生鮮豚肉卸売価格は、8月3日には1キログラム当たり20.22元(約301円)と、少なくとも最近4年間における最高値を記録し、前月同期(2007年7月6日)比12.0%高、前年同期(2006年8月4日)比では84.7%高となった(2007年の豚肉価格急騰の原因については、本誌2007年9月号特別レポート「中国の豚肉価格高騰と食糧・バイオエネルギー政策」を参照)。

 農業部畜牧業司の発表によると、全国450カ所の定点調査による2007年8月の1キログラム当たりの平均価格は、子豚が前年同月比191.6%高の24.09元(約359円)、生体豚が同99.0%高の14.27元(約213円)、豚肉が同90.9%高の22.95元(約342円)で、いずれも史上最高記録を更新したとされる。また、これにより生体豚価格の上昇率(2006年6月→2007年月8月:134.7%)がトウモロコシ価格のそれ(同:19.4%)を大きく上回り、同年8月の豚/穀物比は8.60に達した。

 その後、同年9月には、子豚が前月比1.6%安の23.70元(約353円)、生体豚が同4.7%安の13.60元(約203円)、豚肉が同4.1%安の22.01元(約328円)、豚/穀物比が8.14と、同年4月以降初めて下落基調となった。続く10月も、子豚が同4.6%安の22.62元(約337円)、生体豚が同2.9%安の13.21元(約197円)、豚肉が同3.9%安の21.15元(約315円)と2か月連続の下落となったものの、前年同月比では、それぞれ129.9%高、66.4%高、62.8%高となり、豚/穀物比も7.96といずれも高水準を保っている(図3および図6参照)。

 2007年上半期に急騰を続けた豚肉価格は、(1)中央および地方政府による国家備蓄豚肉の放出、(2)需給・市場モニタリングおよび市場コントロールの強化、(3)生産指導および動物感染症防御などを含む養豚生産の奨励、(4)繁殖雌豚保険の導入、(5)全国豚肉品質安全特別改善任務連合会議の開催(全国猪肉質量安全専項整治工作連席=商務部が公安部、農業部、衛生部、国家工商行政管理総局、国家質量監督検験検疫総局および最高人民検察院と合同で定期または不定期に開催)および(6)全国豚と畜特別改善任務指導小グループ(全国生猪屠宰専項整治領導小組)の設置などもあり、8月中旬に入って下落基調に転じ、商務部市場運行司発表の生鮮豚肉卸売価格は、10月5日には、ピーク時に比べ12.2%安の1キログラム当たり17.75元(約264円)となった。しかし、季節的な豚肉需要の増加(中国では秋〜冬季に食肉消費量が増加し、夏季には減少する傾向)や飼養・輸送コストの上昇などから、10月中旬になって反騰し、11月30日には同20.12元(約300円)と、8月初旬以降ほぼ4カ月ぶりに20元(約298円)を超え、12月7日には前年同期(2006.12.8)比59.2%高の同20.43元(約304円)と、それ以前のピークであった8月3日の価格を上回る水準となり、今後も上昇する勢いで推移している(図2参照)。

 また、同司による生体豚価格(図4)を見ると、2007年8月1日の1キログラム当たり14.81元(約221円)をピークに下落を続け、10月11日には、ピーク時に比べ11.7%安の同13.08元(約195円)となった後、豚肉同様の理由から、10月下旬以降再び上昇に転じ、12月11日には同15.23元(約227円)と、8月初旬のピーク時の価格を超え、さらに上昇の勢いを見せている。

図4 最近の中国における生体豚価格の推移

 同様に、国家発展改革委員会価格監測中心による9月中旬以降の36大・中都市における豚肉500グラム当たりの小売価格についても、需要期である国慶節(建国記念日:10月1日)直前にわずかながら上昇したものの、全体的には低下傾向で推移し、2007年9月10日の500グラム当たり12.80元(約191円)から、10月25日には3.4%安の同12.36元(約184円)まで下落した後、10月26日から再び上昇を続け、11月下旬には同13元(約194円)を突破、12月11日には同13.53元(約202円)となり、なお上昇の気配を見せている(図5)。

図5 最近の中国における豚肉小売価格の推移

 商務部では、冬季の季節需要や最需要期である春節(2008年は2月7日)に向け、短期的には、豚肉価格は、今後しばらくは高水準で推移するものとみている。また、国家発展改革委員会の関係者は、母豚の拡大や子豚の導入から肥育、出荷に要するまでの期間や、これらが軌道に乗るまでの期間などを勘案し、ひっ迫する中国の豚肉需給の緩和時期について、2008年第2四半期(4〜6月)以降になると予測している。

 なお、筆者は、「2007年9月の豚主産地20省・自治区などにおける豚飼養頭数が前年同月比10.4%増となり、数カ月続いた減少局面から脱した」との農業部の発表や、「同年10月末の母豚飼養頭数が前月比6.4%増となった」との国家発展改革委員会の発表、中央政府・地方政府による各種政策の実施、豚の価格サイクル(3の1参照)などにかんがみ、少なくとも最需要期である春節(2008年2月7日)前後までは豚肉価格の高騰が続くものの、次第に需給が緩和し、遅くとも2008年下半期には価格が低下するものと予測している。ただし、世界的な穀物価格や海上輸送費の高騰などによる飼料価格の上昇、インフレによる生産資材などコストの上昇、動物感染症の問題など、価格高騰の原因となり得る要素の存在に留意する必要がある。


2 2007年上半期の養豚経営

 国家発展改革委員会が地方政府を通じ、全国524県・1,491戸の豚飼養農家(全国の豚飼養農家戸数については不明)を対象に実施した調査によると、2007年上半期は、生体豚価格および養豚収益(純利益)とも史上最高を記録した一方、豚総生産コスト(生産費用+土地費用)も史上最高となった。

表1 中国における2007年上半期の出荷生体豚1頭当たりの総生産コスト

1 生体豚価格および養豚収益(純利益)

 2007年上半期の生体豚の平均出荷価格は、2006年(上半期か通年かは不明。以下、2において同じ)比45.2%高の50キログラム当たり568.47元(約8,470円)となった。

 同じく出荷生体豚1頭当たりの純利益は、同196.0%増の275.95元(約4,112円)となり、生体豚価格および純利益とも、それまで最高であった2004年(2004年上半期か2004年通年かは不明)の記録をそれぞれ28.2%および79.6%上回り、史上最高値を更新した。

2 豚総生産コスト

 2007年上半期に出荷された生体豚1頭当たりの総生産コストは、2006年比21.2%増の915.25元(約13,637円)、同じく50キログラム当たりでは、同25.4%増の436.78元(約6,508円)となり、史上最高を記録した。

表2 中国の豚1頭当たりの総生産コストおよび純利益の推移

(1)子豚費
 2007年上半期に出荷された生体豚1頭当たりの子豚費は、2006年比61.0%増の248.89元(約3,708円)となった。子豚費が大幅に増加したのは、(1)2005年下半期から2006年上半期の価格下落後、生産サイクルの関係で、2006年下半期以降、子豚価格が上昇基調となったこと、(2)2006年下半期以降多発した高病原性PRRSの影響により、母豚の流死産や子豚の死亡が相次ぎ、子豚の供給が減少したことが主な原因とされる。

(2)濃厚飼料費
 同じく濃厚飼料費は、同15.2%増の464.05元(約6,914円)となった。増加の主な原因は、(1)トウモロコシ価格が上昇したこと、(2)養豚収益の増加に伴う増頭などにより、養豚農家の飼料購入量が増加したことなどとされる。ただし、子豚費の増加率が濃厚飼料費のそれを上回ったことから、総生産コストに占める濃厚飼料費の割合は、2006年の53.3%を2.6ポイント下回った。

図6 最近の中国における豚産品、トウモロコシおよび配合飼料平均価格の推移
(2006年1月〜2007年10月)

(3)労働費
 同じく労働費は同4.4%増の122.25元(約1,822円)、うち雇用労働費は同8.1%増の26.64元(約397円)となった。2007年上半期は、生体豚価格の急騰により、多くの地域で出荷を前倒しする傾向が見られ、2006年の平均160日齢から2007年上半期には145日齢と短縮された。しかし、人件費の値上がり幅が比較的大きかったため、労働費は2006年に比べやや増加した。


3 中国の養豚生産における今後の課題

1 産業化の遅れによる安定供給体制の未整備

 1980年代の農村改革以前の中国の個人養豚は、農村家庭におけるたんぱく源、有機肥料源および現金収入源の確保としての性格をもって、副業的に営まれているものが主体であった。こうした背景もあり、近年は大規模な国営企業養豚場や専業養豚場なども増加しているものの、中国では1戸当たり3〜5頭程度の零細な副業的経営が、全国の豚飼養頭数の約4分の3を占めているといわれる。

 このため、中国の養豚は全体に産業化が遅れており、著しい経済成長を遂げて大規模化する中国市場において、豚肉需要に対する柔軟かつ安定的な供給・流通体制が十分に整備されていない状況にあるとされる。この結果、中国では、豚・豚肉価格の上昇→利益を当て込み、農家は生産規模を拡大→出荷頭数の増加→豚・豚肉価格の下落→損失抑制のため、農家は生産規模を縮小→出荷頭数の減少→豚・豚肉価格の上昇……というサイクルが、おおむね2〜3年間隔で繰り返されている。こうしたことから、中国内外の識者の間では、中国の豚肉価格は、2008年上半期以降、大きく値崩れするのではないかとの声も出ている。

 このような豚および豚肉価格の乱高下や、それによる豚飼養頭数の増減はまた、世界の乳製品市場にも一部影響を及ぼしているとみられる。中国は近年、米国産などを中心に年間18〜19万トン程度のホエイ類を輸入しているが、業界関係者によると、そのうちのかなりの量(中国の貿易統計では飼料用などの区分がない。業界聴き取りによる類推で、輸入量の6割強〜7割弱程度か)が飼料用に仕向けられているといわれる。高騰していたホエイの国際価格は、その世界的な供給国である米国を中心に、2007年夏ころから下落しているとされるが、記録的な高値による飼料向け需要の減退のほか、2006年上半期から続く中国の豚飼養頭数の減少と回復の遅れなども、ホエイの国際相場下落の要因の1つとして挙げられている。

図7 中国の国別ホエイ類輸入量(2005年)

2 不十分な防疫対策による感染症の多発

 養豚の産業化の遅れとも関係するが、政府の意気込みとは裏腹に、中国では全体的に動物感染症に対する防疫対策が不十分とされる。特に農村部では、物理的・技術的に防疫対策がかなり制約される上、養豚の大部分を占める副業的な零細農家などでは、家畜排せつ物の処理も含め、飼養管理や動物衛生などに対する意識も比較的低いといわれる。こうしたこともあり、中国では、高病原性PRRS、豚コレラ、豚丹毒、豚の連鎖球菌症、豚のパスツレラ症など豚の感染症が、国内の広範囲にわたって発生している状況にあり、豚の飼養頭数および出荷頭数に影響を与えている。

3 穀物価格の高騰などによる生産コストへの影響

 世界的なバイオマスエネルギーブームによって穀物相場が高水準で推移していることに加え、国内畜産業の発展などもあり、中国では最近、総生産コスト自体のみならず、コスト全体に占める濃厚飼料費の割合も上昇する傾向にある。食糧(穀物、豆類およびイモ類)生産が不作となった94年の影響を受け、濃厚飼料費の割合が48.5%まで高まった95年以降、その割合は全体として2001年までほぼ低下ないし横ばいで推移したものの、2002年以降徐々に上昇する傾向にあり、2007年上半期には50.7%に達した(表1参照)。

 中国では、国家発展改革委員会および財政部が2006年12月14日付け発改工業〔2006〕2842号(公表は同18日)をもって、食糧を原料としたエタノールの生産能力を抑制する方針を打ち出している。その後、農業部が2007年7月2日に公布した「農業バイオマスエネルギー産業発展規画(2007〜2015年)」において、国家の食糧安全を前提とした農業廃棄物(穀物の茎・芯やもみ殻、家畜排せつ物など)や非食糧エネルギー作物(サトウキビ、キャッサバ、アブラナなど)の開発がうたわれるなど、中国政府は食糧とバイオマスエネルギーの競合を極力排除する政策に傾いている。

表3 中国の豚1頭当たりの総生産コストの推移

図8 中国の豚1頭当たりの総生産コストの構成割合の推移

注) 規 画
 中国語で総合的ガイドラインを示す言葉。中国政府は、「国民経済・社会発展第10次5カ年計画(2001〜2005年)」など、これまで「計画」という指令的な言葉を用いていたものについて、市場主義経済の導入などとも相まって、計画よりも数量化指標が減らされ、戦略的な方針や任務、対策など、よりマクロ的な政策に重点が置かれた「規画」という語を用いるようになってきている。

 しかし、中国において、所得向上による畜産物消費も含めた食生活が、必ずしも欧米型の消費パターンをたどるとは限らないものの、畜産業の発展に伴う飼料需要が増加し続けるであろうことは中国政府の関係者も認めており、今後、数年以内に中国がトウモロコシの純輸入国に転じる可能性も指摘されている。こうした背景もあり、国家発展改革委員会は2007年9月5日付け発改工業〔2007〕2245号(トウモロコシ高度加工業の健全な発展の促進に関する指導意見)をもって、飼料用トウモロコシの優先的確保を基本原則とする方針を明らかにしている。

 また、最近の中国では、経済発展に伴い、人件費の上昇が加速しているともいわれる。副業的な家族経営農家では、統計上はともかく、人件費として実際に支出される現金は皆無に等しいと言ってもよいが、雇用労働者を要する大・中規模経営の養豚農家では、飼料コストのみならず、今後は人件費の高騰が生産コストに与える影響も憂慮される。


おわりに

 中国では、CPI上昇率の推移が大きな話題となっている。最近では、2003年の食糧生産量の大幅な減少により、2003年終盤以降食糧価格が大幅に上昇、これに伴い食肉および食肉製品も大幅に上昇するなどし、食品全体の価格を押し上げることとなったほか、2007年には、豚肉ほか食肉価格が急騰するなど、CPI上昇率は劇的な動きを見せている。特に2007年の物価上昇は著しく、8月のCPI上昇率は前年同月比6.5%高と約11年ぶりの高水準を記録し、9月には同6.2%高と一時的に上昇幅が縮小したものの、10月には再び同6.5%高、さらに11月には同6.9%高となるなど、依然として高水準を保っている。

 朱之鑫国家発展改革委員会副主任は、2007年10月中旬の記者会見で、今後の物価上昇率について、当面は高止まりで推移するとの見通しを示している。中国政府は、豚の生産拡大により出荷頭数を増大させ、豚肉の供給増を図るための政策を次々と打ち出してはいるものの、短期的には成果が出にくいことなどから、中国の消費者物価は、しばらくは高い上昇率を維持するとの見方が強い。また、中央銀行である中国人民銀行は、同年11月8日に発表した「2007年第3四半期中国貨幣政策実施報告」の中で、2007年の中国におけるCPI上昇率が4.5%前後になると予測している。同報告による同年1〜9月のCPI上昇率が4.1%(参考:国家統計局発表の同年1〜10月のCPI上昇率は4.4%)とされることから、同行では今後も消費者物価が上昇するものとみていることがわかる。

 しかし、一方では、(1)中国国民の消費支出に占める食品支出の割合が、都市部では95年:50.1%→2005年:36.7%、農村部(現金支出ベース)でも95年:58.6%→2005年:45.5%と低下し、食品価格がCPI上昇率全体に及ぼす影響が漸減してきていること、(2)2007年9月以降、食肉および食肉製品のCPI上昇率が全体としてやや鈍化してきていること、(3)同年8月下旬以降、豚肉価格が10月までは全体として下落を続けたこと、(4)季節需要・春節需要などにより、中国では例年10月下旬〜11月以降、豚肉価格が高騰する現象が見られるが、2007年10月下旬以降の豚肉高騰の原因についても、ほぼこれと同様の要素が含まれていると考えられることなどから、物価上昇は短期で終息するとの予測もある。

図9 中国における消費者物価指数(CPI)対前年上昇率の推移
(2001年1月〜2007年11月)

 確かに、食品を除く品目の消費支出が5〜6割強を占める現状を見ると、中国政府が2007年の目標と設定している「3%以内」を大きく上回るCPI上昇率を抑制するには、豚肉など食品価格に注意を払うだけではなく、マクロ経済的な政策の実施も必要であろう。事実、国家発展改革委員会の関係者は、2007年12月5日の記者会見において、中国の国民生活に大きな影響を与えている物価高騰の抑制のため、生活必需品などの供給確保や市場管理の監督強化、対外貿易(特に輸出)増加主義からの方針転換などによる市場の安定と、過熱気味とも比ゆされる急速な経済成長の抑制の重要性について説いている。

 ただし、豚肉について言えば、その価格安定のためには、何よりも供給の安定化を図ることが最も重要な対策である。このためには、3でも述べたように、養豚を含めた中国の農業の産業化水準および衛生水準の向上を加速化し、穀物の問題なども含め、国際化の波に耐え得るような養豚産業の育成を推進していくことが、緊急の課題となっているといえよう。

(参考資料)
1)小栗克之、陳 暁紅、平児慎太郎:中国における養豚業の動向分析−豚肉の生産、消費、貿易を中心として−.「岐阜大学地域科学部研究報告第13号」、岐阜、2003.7、pp7−16
2)白石和良:中国農業必携−ワイドな統計、正しい読み方−.東京、社団法人農山漁村文化協会、1997.3
3)白石和良:農業・農村から見る現代中国事情.東京、社団法人家の光協会、2005.4
4)谷口 清:中国の豚肉備蓄制度.「畜産の情報」海外編 平成19年10月号(NO.216)、東京、独立行政法人農畜産業振興機構、2007.9、pp33−43
5)独立行政法人農畜産業振興機構:畜産2007.東京、2007.9
6)独立行政法人農畜産業振興機構:中国で豚肉・鶏卵価格が高騰、備蓄肉放出の可能性も.「畜産の情報」海外編 平成19年7月号(NO.213)、東京、独立行政法人農畜産業振興機構、2007.6、pp25−28
7)独立行政法人農畜産業振興機構:中国農業部、PRRS全国免疫対策会議を招集.「畜産の情報」海外編 平成19年8月号(NO.214)、東京、独立行政法人農畜産業振興機構、2007.7、pp21−24
8)長谷川敦、河原 壽、谷口 清:中国の豚肉価格高騰と食糧・バイオエネルギー政策.「畜産の情報」海外編 平成19年9月(NO.215)、東京、独立行政法人農畜産業振興機構、2007.8、pp46−57
9)中華人民共和国国家工商行政管理総局(http://www.saic.gov.cn/
10)中華人民共和国国家質量監督検験検疫総局(http://www.aqsiq.gov.cn/
11)中華人民共和国国家統計局(http://www.stats.gov.cn/
12)中華人民共和国国家発展和改革委員会(http://www.ndrc.gov.cn/
13)中華人民共和国財政部(http://www.mof.gov.cn/index.htm
14)中華人民共和国商務部(http://www.mofcom.gov.cn/
15)中華人民共和国中央人民政府(http://www.gov.cn/
16)中華人民共和国農業部(http://www.agri.gov.cn/
17)中国食品集団公司(http://www.cnfg.com


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