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消えかかる乳製品工場の灯(カンボジア)


【シンガポール 小林 誠 5月16日発】カンボジアで唯一の乳製品工場を有する
ネスレ・カンボジア社は、今年4月、同社の加糖クリーマーの製造ラインを閉鎖し
た。同社はこれまで、脱脂粉乳、パームヤシ油、砂糖、ラクトースといった輸入原
料に水を添加し、缶入りのフィルド・クリーマー(乳脂肪を植物油で代替している
ため、現行の国際規格では「乳製品」の表示が行えないもので、成分は、脱脂粉乳
20%、砂糖45%、その他35%)を年間約2万6千トン程度製造していた。製品の5
割程度は台湾、ミャンマー、ベトナムへの輸出に仕向けられていたが、他国製品と
の競合などにより、このところ輸出が止まっていた。

 また、国内市場でも関税を支払った正規輸入品以外の競合製品にシェアを奪われ
ていたことが今回の決定の背景にある。不正輸入については、2月28日に行われた
第5回政府・民間企業フォーラムの場でも、同国の投資環境上の大問題であるとし
て、フン・セン首相自らが取締強化を約束しているが、現状の打開にはつながって
いない。

 今回のクリーマーラインの閉鎖により、同社の製品は、近隣諸国のネスレ系列各
社から輸入したバルクの粉乳類、コーヒーメイトなどを小売用に小分けしたものだ
けになった。

 ネスレ・カンボジア社は、70年に設立されたが、内戦により75年にいったん閉鎖
され、その後国内の安定化に伴い98年9月から生産を再開していた。しかし、79年
にクメール・ルージュ政権が崩壊した後の80年代には、タイから輸入された、オラ
ンダのフリーズランド・コベルコ社の系列である、フォアモスト・タイランド社の
「アラスカ」ブランドのクリーマーが普及しており、ネスレ・カンボジア社の「熊
印」製品はカンボジアの市場には浸透しなかった。ちなみに、農林水産省の調べに
よると、一般市場における熊印クリーマーは395グラム入り1缶が1,600リエル(約53
円:100リエル=3.3円)で販売されているのに対し、タイ産のアラスカ・ブランド
のものは100リエル高い1,700リエル(約56円)で売られている。

 カンボジアでは、飲用牛乳を除く乳製品の輸入に対し、CIF価格の35%の関税を
課しており、国内で販売する際にはさらに10%の付加価値税が課せられる。農水省
による公式の調査による価格は、正規に関税を支払って輸入された製品の価格であ
るとみられるため、実勢価格では2社の製品の価格差が逆転しているものとみられ
る。

 なお、現在、同国には酪農家がおらず、国内で飼養されている約287万頭の牛も
役用が主体となっている。農水省では、国民の栄養水準向上と農家の現金収入確保
の手段として酪農を振興したい考えであり、昨年、生乳の国産化により原料調達コ
ストを削減したいネスレ・カンボジア社との間で乳牛生産計画を立ち上げた。同計
画では、ネスレ側が人工授精に必要な豪州産の凍結精液など機材と技術者を提供し、
農水省側が家畜生産・衛生局のタマオ種畜牧場の場所と牛30頭を提供することにな
っている。これまでのところ、実際に人工授精が行われたのは8頭であり、2頭の
子牛が生産された(うち、雌は1頭。)だけである。また、同国では農家が酪農に
関する技術を有しておらず、農家の牛に乳用種の人工授精を持ちかけても拒否され
る状況にあり、生乳の国産化の道のりはかなり長いものと思われる。さらに、現在
協議中のアセアン自由貿易協定の進捗いかんによっては、現行の関税率がさらに大
幅に引き下げられる可能性もあり、同国の酪農・乳業の将来性はきわめて厳しいも
のとなっている。


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