欧州委、2009年以降の農政見直し方向の具体案を提示(EU)
欧州委員会は5月20日、共通農業政策(CAP)の中間検証作業として行う「ヘルスチェック」の具体案を公表した。ヘルスチェックは現行のCAPの政策手段を評価・検証し、2009年以降の政策実施に向けて必要な調整を行うもので、欧州委員会により昨年11月に見直しの検討方向が示されていた。今回の提案は、この検討方向を基にした加盟国や利害関係者などの議論を踏まえ、具体的な規則案として提示するものである。
今回の提案については、5月25日より開催される予定の非公式の農相理事会で議論が開始され、11月または12月の農相理事会での合意を目指す。
(1)直接支払制度、(2)市場政策、(3)農村開発制度を対象とした主な見直しの方向は次のとおり。
直接支払制度の見直し
生産者への直接支払いを簡素化、また生産とリンクしないものへと変更し、生産者が市場のニーズを捉え、それに即した生産が可能となるようにする。
直接支払いの簡素化
EUでは、生産者の直接支払いの受給要件として、環境保全、公衆衛生、動植物衛生、動物福祉の法令で 定められた基準を満した農業生産活動および農地の適正管理を行う必要があり、一般に「クロス・コンプライアンス」と呼ばれている。この要件について、生産者の生産活動と関連の低い法令の条項を削除する一方、水質管理などの新たな要件を追加する。
また、EUの直接支払制度は、それまでの品目ごとの生産量に応じた直接支払い(カップリング)から、生産とは切り離された生産者を単位とした直接支払いの制度(デカップリング)へと移行しているが、その動きをさらに進める。
直接支払い算定方法の一本化
EU27のうち15カ国における直接支払いは、過去の一定期間における(1):直接支払受給額、(2):地域別に設定する農地面積当たりの単価、(3):(1)と(2)の組み合わせ に基づき支払う単一支払制度(Single Payment Scheme:SPS)を採用しており、加盟国により算定の方法が異なる。現行規則では、加盟国はその支払い方法の変更が認められていない一方、過去の受給実績に基づく支払いについては理解が得にくくなっている。
このため、(2)の面積に応じた支払いへの移行を可能とする。
SAPSの延長
2004年5月以降に加盟した12カ国のうちマルタとスロベニアを除く10カ国では、直接支払いの算定方法として単純にEU加盟時の農地面積に、各国が定める面積当たりの単価を乗じて直接支払いの額を算定する単一農地面積支払制度(Single Area Payment Scheme:SAPS)を採用している。上記の面積に応じた支払いへの移行の動きと併せて、この実施期限を、2010年(ブルガリア、ルーマニアは2011年)から2013年まで延長する。
特定地域・分野への助成の適用拡大
SPSを採用する各加盟国は、農産物の分野別に直接支払いの10%を上限として保留し、当該農産物の保護、環境対策、品質改善、流通対策を実施することができる。これを、農産物の分野間の仕切りを廃止するとともに、条件不利地域における酪農、肉用牛、羊、ヤギ、米生産者に対象を拡大することとする。
モジュレーションの拡大
農村開発政策に必要な財源を確保するために、2005年以降、直接支払いの一定割合を減額(モジュレーション)している。現在、年間の受給額が5千ユーロ(約80万円:1ユーロ=160円)を超える場合は5%削減されているが、この削減割合を2012年まで順次拡大し、2012年の削減率を13%に引き上げる(最大は30万ユーロ(4,800万円)以上の部分の22%削減)。
拡大する農産物需要への対応(市場政策の見直し)
生産者の自由な生産活動を阻害する政策を見直し・廃止し、農作物の生産能力を最大限に発揮できるようにする。
セットアサイドの廃止
穀物生産を抑制するための休耕(セットアサイド)制度については、1ヘクタール以上の耕地に原則10%の休耕地を組み込むことにより直接支払いの受給資格を得ることとなっているが、穀物生産の増大を図るためこれを廃止する。なお、EUでは2007年の厳しい穀物需給を背景に、休耕地を食用および飼料用穀物の生産に利用するため、暫定措置として2007年秋および2008年春には種する耕地について義務的休耕率をゼロとしている。
生乳クオータの拡大
EUでは、生乳市場の需給バランスを保つことを目的として、加盟国ごとに生産量の上限を設定した生乳クオータ制度を導入しているが、本制度は2015年3月31日をもって廃止されることとなっている。廃止に向けたソフトランディング策として、2009年度(4月〜3月)から2013年度まで、5年間、毎年1%ずつクオータ数量を拡大し、2015年時点で、クオータによる生産量の上限を実質的に撤廃する。
介入買入制度の見直し・廃止
市場における供給量の管理政策である介入買入制度については、生産者に市場動向が伝わりにくいという問題がある一方、生産者のセーフティネットとしての役割もある。このため、必要性の低いものは廃止し、そのほかについても入札による買入とする。具体的には、デュラム小麦・米・豚肉の介入買入は廃止、飼料穀物については段階的な廃止、普通小麦・バター・脱脂粉乳については限度数量内で入札のみによる買入とする。
農村開発制度の財源拡大による新たな政策課題への対応
モジュレーションの拡大により確保された農村開発の財源を、新たな政策分野である地球温暖化、再生可能エネルギー、水質保全、生物多様性保護の対策に利用する。
生産者団体の反応
欧州農業者のロビー団体である欧州農業組織委員会/欧州農業協同組合委員会(COPA/COGECA)は、天候不順や農産物価格の高騰などの問題に直面する中、増大する農産物需要への対応や持続的・安定的な農業生産が可能となるようCAPの見直しが行われるべきであるとし、モジュレーションの拡大、介入買入制度の見直し・廃止などに反対するコメントを発表した。
【和田 剛 平成20年5月21日発】
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農畜産業振興機構 調査情報部 調査課 (担当:井上)
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