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JBS社の相次ぐ企業買収で米国牛肉業界に生じる構造変化

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 昨年7月に米国牛肉業界第3位のスイフト社を買収したJBS社は、3月5日、同第4位のナショナル・ビーフ社と同第5位のスミスフィールド・ビーフ社を買収することで合意に達したと発表した。

ナショナル・ビーフ社の取得で高品質牛肉の生産・販売基盤を拡充

 JBSスイフト社は、ナショナル・ビーフ社の買収が2月29日に合意していたこと、また、総取得金額は負債の負担分を含めて9億7000万ドル(約999億円:1ドル=103円)になることを公表した。今回の合意により、JBS社は、3カ所のと畜処理施設に加え、小売向け二次加工施設や傘下の食肉輸送企業も含め、ナショナル・ビーフ社の経営と施設のすべてを取得することになる。また、ナショナル・ビーフ社側は、現金4億6500万ドル(約479億円)と9500万ドル(約98億円)相当のJBS社株を受け取ることになる。

 ナショナル・ビーフ社は、USプレミアム・ビーフ社(肥育牛生産者の出資会社)が保有する高品質牛肉の生産販売企業であり、同社がカンザス州リベラル、同ドッジシティ、カリフォルニア州ブローリーに所有すると畜処理施設の1日当たりの最大処理能力は合計で米国第4位の13,900頭(キャトル・バイヤーズ・ウイークリー(CBW)社調べ)に上る。

 今回の合意について、USプレミアム・ビーフ社のスティーブ・ハントCEOは、「JBS社の傘下に加わることで、垂直統合による牛肉生産という弊社の戦略基盤が強化されることに加え、弊社の株主農家や出荷農家にとっても、高品質肥育牛生産プログラムにのっとって生産した肥育牛の出荷先が地理的に広がるという利点がある。」としている。また、同社はJBS社の株式を保有することにより、引き続き食肉処理業との連携を継続していくとしている。

スミスフィールド・ビーフ社の取得で米国最大のフィードロットを子会社化

 一方、JBSスイフト社によると、スミスフィールド・ビーフ社の買収については3月4日に総取得金額5億6500万ドル(約582億円)で合意したとされている。これにより、JBS社は、ウィスコンシン州、ミシガン州、ペンシルバニア州およびアリゾナ州の4カ所のと畜処理施設(1日当たりの最大処理頭数8,050頭:CBW社調べ)に加え、米国最大のフィードロット施設であるファイブ・リバース社を取得することになる。今回の合意に先立ち、スミスフィールド・ビーフ社は、ファイブ・リバース社の共同経営者であるCGC社(コンチネンタル・グレイン社)が保有する株式を216万7千ドル(約22億3千万円)で買い取り、完全子会社としていた。

 スミスフィールド・ビーフ社は、米国最大の養豚・豚肉生産企業であるスミスフィールド・フーズ社の子会社であり、長年加工向け牛肉の生産・販売を主力にしてきた。2005年にはファイブ・リバース社を立ち上げ、肥育牛部門を拡充する一方、2006年10月には同社からの肥育牛出荷をにらんでオクラホマ州に1日5,000頭規模のと畜処理施設を建設する計画を公表する(平成18年11月7日号(海外駐在員情報第743号)参照)など、積極的な事業展開を行っていた。

 スミスフィールド・フーズ社のラリー・ポープ社長は、「牛肉部門の売却と肥育牛の整理で得る約7億5,000万ドル(約773億円)の資金は、負債の削減とより収益性の高い経営部門への投資に活用する。
弊社の牛肉部門の収益性は他社を上回っているが、市場シェアの拡大に向けて買収や新規投資を行うには現在の牛肉の市場環境が悪すぎるため、今が売り時と判断した。」としている。

JBSスイフト社は牛肉生産シェア3割を超える全米最大のパッカーに

 今回のナショナル・ビーフ社とスミスフィールド・ビーフ社の買収により、JBSスイフト社の1日当たり最大と畜処理可能頭数は42,500頭になると予想されている。この結果、先頃カンザス州のエンポリア工場の一部休止を決めたタイソン・フーズ社や、近年と畜処理頭数を増大させてきたカーギル・ミート・ソリューション社を抜き、同社が全米最大の牛肉処理加工能力を保有する企業となる。

 米国では、2年連続の干ばつによる繁殖雌牛頭数の減少に加え、後継牛となる未経産雌牛の頭数が前年を大きく下回っており、今後数年間は肉用牛の生産頭数が低水準で推移すると見通されている。このため、現在70%台に低下しているとされるフィードロット施設や牛肉処理施設の稼働率がさらに低下することが危ぐされており、業界内では老朽化した工場や稼働率の低い工場を閉鎖する必要があるとの声が根強い。そのような中、今回の企業買収を行ったJBSスイフト社は、同社の基幹工場であるコロラド州のグリーリー工場をダブルシフト化して処理能力の引き上げを図っており、今回買収した工場についても当面は処理能力を削減しないと明言するなど、競合他社との経営方針の違いが鮮明となっている。

 なお、今回の買収により、米国の牛肉生産量の70%以上が大手3社により占められ、業界の水平統合が大きく進展することになる。

米国における肉用牛業界の垂直統合が大きく進む可能性も

 また、コロラド州やユタ州など10カ所で81万1千頭の肥育施設能力(米国の約7%前後)を保有するファイブ・リバース社がJBS社の傘下に入ったことにより、米国の肉用牛業界では一般的でなかった肥育牛生産と牛肉処理の垂直統合の動きが進展する可能性があることも注目される。

 これまで、ファイブ・リバース社はスミスフィールド・ビーフ社の50%出資子会社であったが、同社のフィードロットとスミスフィールド・ビーフ社の牛肉処理施設との距離が離れていたため、その相乗効果は必ずしも十分に発揮されていなかった。しかし、今回の買収により、ファイブ・リバース社のフィードロットで生産される肥育牛を、JBSスイフト社が従来から保有するコロラド州グリーリー工場やナショナル・ビーフから取得したカンザス州ドッジシティ工場など、フィードロットに近接した自社工場に出荷する体制が整ったことになる。

 また、肥育牛の生産と牛肉処理加工との連携による高品質牛肉の生産に定評があったナショナル・ビーフ社を傘下に加えることにより、消費者の求める牛肉を生産するための情報を肉用牛生産段階にフィードバックするシステムがJBS社のビジネスに生かされる可能性も高く、今後の同社の事業展開によっては、米国の肉用牛生産が大きな構造変化に向けて動き出すことも考えられる。

生産者団体や有力議員からは反対の意見も

 これに対し、従来から家族経営による中規模農業を支持し、大企業による畜産に一定の制限を設けるべきとの立場を主張していた一部の肉用牛生産者団体(R−CALF)や、企業の農業参入を長く州法で規制してきた中西部選出の議員などは、今回のJBSスイフト社による買収に懸念を表明している。

 中でも、アイオワ州選出で上院財政委の野党筆頭理事を務めるグラスリー上院議員は、今回の発表を受け、大企業による寡占体制の進展により肉用牛肥育農家の出荷先が限定され、食肉処理業者に有利な市場価格の形成が危ぐされるとして、司法省による買収承認手続きを慎重に進めるよう求める見解を公表している。

 また、同州選出のハーキン上院農業委員長は、今回の買収合意の公表により、現在水面下で調整作業が続いている次期農業法において、上院通過法案に含まれている「パッカーによる出荷前の肉畜の保有禁止条項」に対する支持が集まるのではないかとの期待を表明している。

買収の承認に向けた司法省の審査に注目が集まる

 米国では、大規模な買収により市場の寡占度が上がる場合、司法省が反トラスト法による審議を行い、場合によってはこれを差し止めることがある。最近では、有機食品小売第1位のホールフーズ社が同2位のワイルドオーツ社の買収を行った際に、審査の途中で司法省が買収手続きの一部差し止めを求めるなど、最終承認までにかなりの時間を要した事例もある。

 しかし、国際的に寡占化が進みつつある畜産物の貿易・流通業界において、米国の畜産が国際競争力を維持し続けるためには、国内での公正競争を確保しつつ企業の統合と国際化を進めていくことが避けて通れない。ある米国の食肉業界関係者は、ブラジルに本社を置く食肉処理加工業者が米国業界の第一位のシェアを占めることになることについて、20年前にトヨタが米国での自動車生産を開始した時と同様に心理的抵抗感は残るだろうと認めつつも、諸外国との競争力を維持するためには合併が必要だとしている。

 昨年、豚肉処理業界では業界第1位のスミスフィールド・フーズ社が業界第2位のプレミアム・スタンダード・フーズ社を買収し、豚肉生産の3割を超える市場シェアを保有するに至った際にも、司法省は審査の結果合併を認めている。関係者の多くは、審査に一定の時間は要するだろうが、今回の買収・統合についても最終的には司法省が認める可能性が高いと予想している。
米国の主要牛肉パッカーにおける1日当たりと畜処理能力の推移
【郷 達也 平成20年3月10日発】
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 調査課 (担当:藤井)
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