家畜を利用した薬品成分の生産に対する取り組み(アルゼンチン)
アルゼンチンの薬品会社シドゥス社では、同社のビオシドゥス研究所において、遺伝子組み換え技術を利用して、乳汁中にインスリンなどの薬品成分を産出する家畜の開発を行っている。そこで、同研究所における現在の取り組み状況を報告する。
薬品成分に関する取り組み状況
1.ヒト成長ホルモンに関する開発状況
同研究所は2002年9月に、ヒト成長ホルモンを乳汁中に産出するパンパマンサTの誕生に初めて成功した。
現在、パンパマンサのF2が誕生しており、娘牛を検定することにより、種雄牛の能力を評価しようとしているところである。
○ヒト成長ホルモンを生産する家畜
2.インスリン様物質に関する開発状況
2007年2月に、インスリン様物質を乳汁中に産出するパタゴニアTの誕生に成功した。クローン牛は過大子になりやすいことが知られていたため、出生時の体型が小さいジャージー種を用いていたが、一頭当たり乳量に優れるホルスタイン種の利用は薬品成分の低コスト生産に有効な手段であるため、ホルスタイン種の開発も開始したところである。
○インシュリン様物質を生産する家畜
3.その他ヒト向けの薬品成分に関する取り組み状況
上述したほかに、モノクローナル抗体を乳汁中に産出する雌牛の誕生に取り組んでいるところである。
注: |
モノクローナル抗体は、特定の抗原にのみ結合するように作製され、自己免疫疾患やガンなどの治療に用いられる。
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4.ウシ成長ホルモンに関する取り組み状況
2007年1月に、ウシ成長ホルモン(rBST:recombinant bovine Somatotropin)を乳汁中に産出するポルテーニャTの誕生に成功した。
rBSTは、1980年代半ばに米国モンサント社により開発・実用化された乳量増加の目的で用いられるホルモン剤である。現在はエランコ社が販売権を持つ。牛体内で生成されるウシ成長ホルモンと同等の化学物質であり、現在、米国をはじめとする20カ国以上で使用されている。rBSTの投与により約2割増の乳量向上効果があると言われている。なお、アルゼンチン国内ではrBSTの利用は認可されていないことから、輸出を念頭に開発が進められている。
○rBSTを生産する家畜
今後の課題は薬品成分の精製
同研究所において、開発を進める理由などについて尋ねた。
(質問) |
なぜ家畜に薬品成分を生産させるのか。 |
(回答) |
大腸菌などを利用してインスリンを生産し、ヒトの治療薬としているが、反応をきめ細かくコントロールするための精密システム(バイオリアクター)が必要となり、建設や運転にかなりのコストがかかる。家畜を利用した場合、例えばモノクロナール抗体では十分の一になることなど、生産コストを大幅に低減させることが期待されている。また、2万頭の乳牛で全世界のインスリン需要を満たすことができると思う。 |
(質問) |
実用化に当たっての課題は何か。 |
(回答) |
乳汁中に産出される薬品成分の精製方法が大きな課題である。実用的な精製方法の開発までには数年以上かかると見込んでいる。 |
(質問) |
実用化を始める場合には、一般農家に薬品成分を産出する家畜の飼養を委託するのか。 |
(回答) |
薬品成分を産出する家畜と普通家畜の予期しない交雑を防ぐことは重要である。また、薬品成分を産出する家畜由来の生産物や排せつ物などは、全て焼却処分しなければならない。このため家畜の飼養については、外部委託は行わずに、全て研究所内で飼養されることになるだろう。 |
アルゼンチンは、低コストで放牧管理が可能であり、かつ高度な技術を持った人材の確保が容易であるため、このような大家畜を利用した研究開発には最も適した国の一つであるとみられる。
【松本 隆志 平成21年1月5日発】
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農畜産業振興機構 調査情報部 調査課 (担当:藤原)
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