ASEAN、インドと自由貿易協定を締結
2003年以来の目的である貿易協定に署名
タイのバンコクで8月13日、東南アジア諸国連合(ASEAN)とインドの経済閣僚会議が開催され、「ASEANインド物品貿易協定(ASEAN-India Trade in Goods Agreement:TIG協定)」が署名された。
ASEANインド間では、2003年10月に「ASEANインド包括的経済協力枠組協定(Framework Agreement on Comprehensive Economic Cooperation Between the Republic of India and the Association of Southeast Asian Nations:FA)」が署名された。FAでは、貿易、サービス、投資に関する自由貿易地域である「ASEANインド地域的貿易投資地域」の設立を長期的な目標として掲げられ、その実現のために、(1)経済、貿易、投資に関する協力の強化と促進、(2)物品、サービスの貿易の自由化と促進および投資の自由化と透明化の促進、(3)新たな経済協力分野と適切な経済協力手法の開発、(4)ASEAN後期加入4カ国(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)についての効率的な経済統合の促進および関係国の開発格差の縮小、の4点がFAの目的とされた。このうち、物品貿易については、2005年6月30日までに交渉を終了させ、2006年1月から関税引き下げを開始すると規定されていた。また、この関税引き下げや、FAで規定された、早期収穫措置(Early Harvest Program:FAの実施を促進するため、一部の品目について、2004年11月1日から関税引き下げを前倒して開始する措置)の実施に必要な原産地規則は、2004年7月31日までに決定すると規定されていた。
しかし、原産地規則についての交渉が難航したことから、早期収穫措置は実施されず、さらに例外品目の取扱いについての合意も得られず、交渉は難航していた。
その後、2008年8月に大筋合意し、同年12月に開催予定だった東アジアサミットの関連会議において署名されると思われたが、会議開催国であるタイの政情の混乱により、会議が2度にわたって延期された結果、このたびの経済閣僚会議での署名となった。
なお、サービス貿易と投資については、10月に開催される交渉で議論されることとなった。
ASEANにとっては、対中国、対韓国、対日本、対豪州・ニュージーランドに次ぐ、5つ目の自由貿易協定(包括的な経済連携協定を含む)の締結となる。
人口17億人の開かれた市場の形成に期待
合意内容の概要は、以下のとおりである。
(1) |
1. |
2010年1月1日またはインドとASEAN加盟国の1カ国以上が国内手続きの終了を通告した日から発効する。 |
2. |
2010年1月1日までに国内手続きが終了しなかった国については、2010年6月1日か国内手続きの終了の通告日のいずれか早い日に発効する。例外的に、2010年6月1日までに国内手続きが終了しなかった国については、国内手続き終了の通告後、関係国間で同意を得た日に発効する。 |
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(2) |
ASEANインド間の貿易品目を、ノーマルトラック(1および2)品目、センシティブトラック品目、特別産品、高度センシティブリスト品目、除外リスト品目の5種類に分類する。 |
(3) |
ノーマルトラック品目については、段階的に関税を撤廃することとし、ノーマルトラック1の品目については2013年末までに、ノーマルトラック2の品目については2016年末までに関税を撤廃する。 |
(4) |
センシティブトラック品目については、段階的に2016年末までに5%まで関税を削減する。 |
(5) |
特別産品はインドの粗パーム油(CPO)、精製パーム油(RPO)、コーヒー、紅茶、コショウの5品目とし、2019年末までに下表の税率まで関税を削減する。 |
(6) |
高度センシティブリスト品目については、3つのカテゴリーに分類し、それぞれ50%、基準税率の50%、基準税率の25%まで削減する。インドネシア、マレーシア、タイは2019年末まで、フィリピンは2022年末まで、カンボジアとベトナムは2024年末までに削減する。なお、高度センシティブリスト品目は、ブルネイ、ラオス、ミャンマー、およびシンガポールには適用しない。
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(7) |
除外リスト品目については、関税削減の対象としない。 |
(8) |
フィリピン、カンボジア、ラオス、ミャンマー、およびベトナムについては、上記(3)、(4)について異なるスケジュールを用いる。 |
ASEANとインドの共同声明では、TIG協定の締結は、双方にとって世界的な経済・金融危機への懸念の増大に対して、非常に時宜を得た地域の対応策となるとの見方が示されるとともに、人口約17億人、域内GDPの合計約2兆7千5百億ドルから成る開かれた市場の形成を促進する鍵であるとの見解が示された。また、ASEANにとってインドとの貿易は、2006年から2008年の間の伸び率が主要貿易相手国で最高の年平均28%を示す一方、相手国としては7番目にとどまっていることから、関係国は、今後TIG協定の発効に必要な国内手続きを迅速に進めていくと表明された。
さらに、最近のWTOドーハラウンドの交渉について、多国間貿易システムの強化はすべてのWTO加盟国、特に発展途上国の利益となるとした上で、2010年中のドーハラウンドの交渉妥結向けて協力するとともに、ドーハ開発アジェンダの全分野での交渉、特に農業、NAMA(非農産品市場アクセス)、サービス分野での、意欲的でバランスのとれた交渉結果を強く求めていく姿勢が改めて表明された。
ASEANのプレスリリースなどによれば、両国・地域間の貿易品約5000品目のうち、特別産品を含む90%以上の品目(うちノーマルトラック80%、センシティブトラック10%)が関税引き下げの対象となっており、4,000品目以上の関税が2016年までに撤廃されることになる。また、原産地規則は、35%以上の付加価値基準とHS6桁レベルの関税分類変更基準を満たせば認められる。
インドは油かすや小麦、水牛肉の輸出市場の拡大に期待
インドはこの協定について、ASEAN諸国との歴史的な連携の構築と関係の強化という「ルック・イースト政策」を重視していることを示すものとしている。
インド商工省のプレスリリースによれば、2007/08年度のインド−ASEAN間の貿易は約400億ドルに上り、ASEANはインドの貿易額の約10%を占める、EU、米国、中国に次ぐ4番目の貿易相手国である。また、インドは2010年の対ASEANの貿易額を500億ドルにするという目標を掲げており、今回のTIG協定の実施は、この目標達成の一助となる。TIG協定により、タリフラインベースで80%、貿易額ベースで75%の品目について段階的に関税が撤廃されることとなるが、この協定は関係国の国内事情に応じて、ある品目を関税削減の譲許対象、撤廃対象から外すことができるという柔軟性が残されている。インドは農産品、繊維製品、自動車、化学製品といった品目のセンシティビティを考慮して、489品目を譲許対象リストから外し、590品目を関税撤廃品目から外した。なお、ASEAN各国ともこういった例外品目リストを持っている。
この協定により、インドからは、機械や機械部品、鉄鋼、油かす、小麦、水牛肉といった農産品、自動車部品、合成繊維の輸出について、新たな市場の拡大が期待できる。また、ASEANから競争力のある価格で原材料の調達ができるようになる。
さらにTIG協定には、協定発効後の急激な輸入の増加に対処すべく、二国間のセーフガードの仕組みが規定されている。国内産業に影響が生じた場合、セーフガード税率を最長4年間賦課することができる。なお、セーフガードは、協定発効の日から7〜15年間実施可能である。ASEAN諸国の反応は以下のとおり。
タイ:工業製品の貿易額の増加を期待
タイ通信によれば、今回の経済閣僚会議の共同議長でもあるタイのポーンティワ商務相は、今回のTIG協定の締結により、2008年には470億ドルだったASEANインド間の貿易額が、2016年までの7年以内に600億ドルまで増加するだろうと語った。また、タイのインドへの輸出額は、ASEAN諸国の中ではシンガポール、マレーシア、インドネシアに次ぐ4番目であり、協定が発効される2010年には100億ドルになることが期待され、特に自動車部品、宝石や装飾品、通信機器、電気機器、家具や化粧品の輸出が有利になるだろうと語った。
マレーシア:貿易の拡大を期待
マレーシアのベルナマ通信によれば、同国のムスタパ・モハマド国際貿易産業相は、TIG協定により、マレーシアはノーマルトラック1で6,792タリフライン、ノーマルトラック2で1,266タリフラインがそれぞれ関税撤廃の対象となると語った。また、センシティブトラック品目として削減の対象となるのは1,336タリフラインと語った。一方、インド側は、ノーマルトラック1で7,767タリフライン、ノーマルトラック2で1,260タリフラインの関税を撤廃し、センシティブトラックで1,810タリフラインの関税を削減すると語った。
マレーシアにとってインドは12番目の貿易相手国であり、2008年の貿易額は3503億リンギ(約9兆4581億円:1リンギ=27円)だった。2009年1〜5月には1053億リンギ(約2兆8431億円)だったが、ムスタパ産業相は、関税撤廃・削減により、両国間の貿易の増加が見込まれるとともに、インドに活動の場を広げているマレーシアの投資家が、マレーシアやほかのASEAN諸国から原材料を調達できるようになると語った。
シンガポール:原産地規則の選択の幅が広がることに期待
シンガポール貿易産業省のプレスリリースによれば、
シンガポール−インド間には、2005年にインドシンガポール包括的経済協力協定(CECA)が発効しているが、CECAの原産地規則は、40%以上の付加価値基準とHS4桁レベルの関税分類変更基準を満たさなければならず、TIG協定に比べて厳しい基準となっている。
こうしたことから、TIG協定により、シンガポールの輸出業者にとっては、特恵的手段の選択の幅が広がったとしている。
インドネシア:パーム油や石炭の貿易額の増加を期待
ジャカルタポスト紙によれば、インドネシアのマリ貿易相は、インドの関税率は比較的高く、平均で30%以上、一部には90%となるものもあるため、今回の協定はASEANにとって非常に重要であると語った。特に、インドネシアの対インド非石油・ガス輸出品のうち最重要品目であるCPO、RPOの関税率が削減されること、これらに次ぐ重要品目である石炭の関税が2013年に撤廃されることから、インドネシアには有利であると語った。
また、TIG協定のスケジュールに従えばインドネシアは、2013年までには42.5%しかインドに市場が開放されないことから、この間に競争力強化を図ることができると語った。
マリ貿易相はインドのシャルマ商工相と会談し、両国間の貿易額は2010年までに達成すると予想されていた100億ドルが、2008年に達成されていることから、両国の巨大な国内市場の可能性を考えれば、将来はさらに貿易額が増加するだろうと語った。
【佐々木 勝憲 平成21年8月18日発】
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農畜産業振興機構 調査情報部 調査課 (担当:平石)
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