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 畜産の情報 2014年3月号

牛肉の増産に取り組むインドネシア
〜牛肉輸入規制の影響と今後の課題〜

調査情報部 木下 瞬、伊藤 久美

【要約】

 インドネシア政府は、2014年までに牛肉自給率を90パーセントに向上させることを目標としている。政府は目標達成のため、2012年から2013年上半期にかけて、生体牛および牛肉の輸入量を大幅に削減した。この急激な輸入規制によって、国内で牛肉が不足し、需給はひっ迫した。このため、政府は生体牛および牛肉を緊急輸入するなどの方針転換を行い、結果的に自給目標の達成は困難な状況となった。

 国内の肉用牛の飼養頭数が回復するには数年を要するが、一方で増産に向けた取組みは着々と進められている。零細農家のグループ化や繁殖雌牛の確保など一定の成果を出しているものもあり、長期的視点では牛肉の増産が期待される。

はじめに

 インドネシアはASEAN諸国で最大の2億5000万人の人口を有するため、経済成長に伴い牛肉消費の伸びが期待される。首都ジャカルタでは、穀物肥育された輸入牛肉を提供するレストランが数多く見られるなど、高級牛肉の市場も拡大している。今後の動向次第では、国際需給に与える影響が大きい国の一つと見られている。

 そのような中、インドネシア政府は、食料の安定供給を確保するため、国民の食生活に必須とされるコメ、大豆、トウモロコシ、砂糖および牛肉の5品目について、自給率向上を基本方針として掲げている。特に牛肉は、「2014年までに自給率90パーセントの達成」を目標に設定し、増産に取り組んでいる。

 政府は、牛肉自給率の目標達成を確たるものにするため、2012年以降、生体牛および牛肉の輸入枠を大幅に削減した。しかし、急激な輸入規制は、結果として、国内の牛肉不足や小売価格の高騰をもたらした。これにより、政府は方針の転換を余儀なくされ、2013年7月以降、牛肉の価格安定を図るため、新たに緊急輸入や輸入制度の変更を行った。

 一方で、2012年の生体牛の輸入枠の削減は、豪州の北部肉牛産業にも大きな打撃を与えた。また、これまで行われてきた度重なる輸入方針の変更は、他国から問題視されるなど、国際的にも注目を集めているところである。

 本稿では、インドネシアの直近の需給状況や輸入制度の変更の経緯について整理するとともに、2013年7月から新たに施行された輸入制度について検証する。さらに、輸入需要と密接に関連する国産牛肉の増産に向けた動きについて、現地の取組みを報告する。

 なお、これまでのインドネシアの牛肉需給の概要などは、畜産の情報2012年8月号「牛肉自給率向上に取り組むインドネシア〜繁殖基盤の強化など生産振興の実態〜」(http://lin.alic.go.jp/alic/month/domefore/2012/aug/wrepo02.htm)を参照されたい。

 また、本稿中の為替レートは100インドネシアルピア=1円(1月末日TTS相場:0.97円)を使用した。
参考 インドネシア地図
資料:ALIC作成

1.牛肉需給状況と輸入規制

(1)インドネシアにおける牛肉の位置付け

 インドネシアは、人口の9割近くをイスラム教徒が占め、世界最大のイスラム国家ともいわれている。このことは、インドネシアでの食肉消費にも影響を与えている。インドネシアの食肉消費量を見ると、最大を占めるのは鶏肉、次いで牛肉となっており、イスラム教徒にとって禁忌とされる豚肉は、牛肉の4割ほどに過ぎない(図1)。
図1 インドネシアの食肉供給量の比較(2012年)
資料:インドネシア統計局(BPS)「輸出入統計」、
    インドネシア農業省(MOA)「畜産統計」を基にALIC推計
注 1:牛肉生産量には水牛肉を含む
注 2:輸入量HSコード:鶏肉020711〜020714、
    牛肉0201〜0202、0261〜0262、02102、
    豚肉0203、0263〜0264、021011〜021019
注 3:輸出量はいずれもわずかなため省略

 牛肉消費は、1年のうちラマダン(断食月)明けの大祭(イド・アル=フィトル、2013年は8月上旬)においてピークを迎えるほか、年末にも増加する。牛肉はバッソと呼ばれる肉団子などの料理を通じて日常的に消費されており、1年を通して一定の需要はある。ほかにも、脂肪の少ない牛肉を柔らかくなるまで煮込み、スパイスやココナツミルクで味付けした料理も好まれている。

 インドネシアの1人当たり年間牛肉消費量は2キログラム程度と、ASEAN諸国の中で最低水準にある(表1)。一方で、インドネシア中央統計局(BPS)によると、2012年の人口増加率は1.3パーセント、経済成長率は6.2パーセントとなっている。今後、人口の伸びと、好調な国内経済を背景とする所得向上に伴う購買力の高まりにより、牛肉消費の拡大が期待されている。

牛肉団子(バッソ)のスープ
右 牛肉をスパイスとココナツミルクで煮込んだルンダン
表1 周辺諸国との比較
資料:国際連合「World Population Policies 2013」 、国際通貨基金(IMF)
    「World Economic Outlook Database October 2013」、農林水産省「畜産統計」
  注:人口は2013年推計、GDPは2012年推計、1人当たり牛肉消費量は2009年および平成24年度

(2)インドネシアの牛肉供給

 インドネシア国内で流通する牛肉は、(1)国内で繁殖し肥育(廃用役畜を含む)したもの(国産牛由来)、(2)生体牛を輸入してフィードロットで肥育したもの(輸入生体牛由来)、(3)輸入牛肉―の3つに大別される。2011年の牛肉供給量の内訳は、国産牛由来が全体の65パーセントを占め、輸入生体牛由来、輸入牛肉はそれぞれ17パーセント、18パーセントとなっている(図2)。
図2 牛肉供給量の内訳(2011年)
資料:MOA
 国産牛は、1戸当たり飼養頭数が3〜4頭程度の零細農家を中心に飼養されている。インドネシア農業省(MOA)によると、これら零細農家は全国で約620万戸とされ、飼養頭数のシェアでは9割を占めており、水田や畑作など耕種部門との複合経営が多い。また、国内には、100頭以上飼養するフィードロット形態の企業(農家)も存在し、ここでは、国産牛と輸入生体牛が肥育されている。現在、インドネシア肉牛生産者協会(APFINDO)会員のフィードロットは全国で30カ所(2013年末現在)とのことである。

 なお、輸入される生体牛と牛肉は、牛海綿状脳症(BSE)や口蹄疫清浄国に限定されている。生体牛の輸入相手先は、この輸入条件に加え、インドネシア国内での飼養に適した熱帯種である必要性や地理的優位性によって、長年の実績がある豪州のみとなっている。また、牛肉の輸入相手先は、豪州、ニュージーランド(NZ)、米国およびカナダなどとなっている。日本については、2009年のBSE発生事例が確認されて以降、輸入は停止されている。

 輸入量の推移を見ると、生体牛と牛肉のいずれも、牛肉消費の増加やフィードロット産業の拡大に伴い2000年代後半に急増し、2009年から2010年にかけてピークを迎えた(図3、図4)。その後は、後述する牛肉自給率向上プログラムによる輸入規制により、大幅に減少している。
図3 豪州のインドネシア向け生体牛の輸出頭数
資料:豪州食肉家畜生産者事業団(MLA)
注 1:乳牛を含む
注 2:インドネシア政府公表の生体牛の輸入統計は牛肉換算ベースとなって
    いるため、豪州の輸出統計を使用
図4 輸入相手先別の牛肉輸入量
資料:GTI社「Global Trade Atlas」
  注:HSコード0201、0202

(3)牛肉自給率向上と輸入規制

 インドネシア政府は、食料安保や農家所得の向上、雇用機会の拡大などを目的とし、2000年から牛肉自給率の向上に取り組んでいる。2009年以前の自給率は70パーセント程度で推移したが、2010年に、「2014年までに自給率90パーセントを達成」との目標が設定された。具体的には、生体牛や牛肉の輸入量を段階的に削減しつつ、2014年の国産牛由来の牛肉生産量を、2011年比7割超増の50万7000トンまで引き上げるものである(図5)。
図5 牛肉自給率向上プログラムの目標設定
資料:MOA資料よりALIC作成
  注:2011年は推定値、2012年以降はMOAの目標
 政府は、この目標を達成するため、「牛肉自給率向上プログラム」という増産計画を策定した。本プログラムは、2010〜2014年の5カ年のロードマップに沿って、生産基盤の確立や農家所得の向上などに取り組むものである。高い増産目標が設定されたが、その背景には、肉用牛の飼養頭数が、2011年の調査結果から一年間で約200万頭も増加、という事実があり、政府関係者は目標達成に強い自信をにじませていた。こうした中、政府は、目標達成を確たるものとするため、2012年から2013年上半期にかけて、生体牛および牛肉の輸入割当量を大幅に削減する輸入規制を実施した。

 インドネシアの輸入業者が、生体牛および牛肉を輸入する際には、政府による許可が必要となる。輸入許可を発行するのは、国内の需給調整を行う農業省である。現行の自給率向上プログラムが開始された2010年から、生体牛は1頭当たり350キログラム以下という体重制限が設けられるなどの輸入規制が導入されたが、必ずしも厳格な運用が行われていなかったとされる。しかし、2011年6月、豪州から輸入された生体牛のと畜に対して、インドネシアでのアニマルウェルフェアが十分でないことが豪州で強く問題視され、これを理由に、豪州はインドネシアへの生体牛輸出を一時停止した。このことは、インドネシア政府が自給率向上の必要性を強く認識するきっかけとなり、一時停止措置が解除された後、2012年の生体牛および牛肉輸入枠を大幅に削減し、生体牛を28万3000頭(前年比45.6%減)、牛肉を3万4000トン(同57.5%減)にまで絞り込んだ(表2)。
表2 生体牛および牛肉の輸入規制の流れ(2010年〜2013年6月)
資料:ALIC作成

(4)輸入規制による影響

(1)肉用牛飼養頭数の減少

 2012年以降の生体牛および牛肉の輸入枠削減による牛肉不足は、国産牛のと畜頭数増加をもたらした。BPSが2013年に公表した農業センサス注1によると、2013年の牛の総飼養頭数は、2011年から250万頭減の1424万頭となった(図6)。特に、最大の人口を抱える首都ジャカルタに肉用牛を供給するため、ジャワ島やスマトラ島などの飼養頭数が大幅に減少している(図7)。

図6 牛の飼養頭数の推移
資料:BPSおよびMOA資料よりALIC作成
図7 地域別肉用牛飼養頭数の比較(2011年と2013年)
資料:BPS
 2013年のセンサスによる牛の飼養頭数と農業省が設定した目標値とでは、450万頭のかい離が生じる結果となった。これにより、輸入規制による需給のひっ迫感から国産牛のと畜が進み、飼養頭数が大幅に減少していることが実態として明らかにされた。

注1 BPSが1963年から10年ごとに実施する悉皆しっかい調査、今回で6回目の調査となる。

(2)フィードロットにおける収容率の低下

 フィードロットへの肉用牛の導入は、その7割を輸入生体牛に依存しているため、生体牛輸入枠の削減により、多くのフィードロットが肥育もと牛不足に陥った。また、国産の肥育もと牛の導入を行う経営も一部でみられたが、零細農家から供給される国産牛は、豪州産と比較して一定頭数を揃えるのが難しいことなどから、代替が困難となった。このため、APFINDOによると、フィードロットの平均収容率は2012年に25パーセント程度にまで低下し、従業員を一時的に解雇する動きも強まったという。

 一方、ジャカルタ近郊のフィードロットでの聞き取りによると、収容率が低下したものの、牛肉価格の上昇に伴い、1頭当たり販売価格も上昇したため、一定の利益は確保できたとしている(図8)。また、今回の事態を教訓に、バリ牛やオンゴールなどの国産の種牛や繁殖雌牛を保有し、自家繁殖を行うフィードロットや、円滑に国産肥育もと牛を導入できるよう、周辺の農家に対して繁殖指導を行うフィードロットも見られる。
図8 肥育牛の販売価格(生体)と牛肉価格の推移
資料:APFINDO
左 西ジャワのフィードロットで飼養されるバリ牛 右 同交雑種
(3)国内牛肉価格の上昇

 国内経済はインフレ傾向にあり、食品価格は上昇基調にある。こうした中、牛肉の小売価格は、2012年以降の輸入規制による牛肉供給のひっ迫により、さらに上昇傾向が強まり、ラマダン明けの最需要期(8月上旬)を控えた2013年7月には、首都ジャカルタ市内で1キログラム当たり9万ルピア(900円)を超えた。これは、輸入規制が導入される2012年以前と比べて1.3倍の水準である(図9)。

 このような牛肉価格の上昇は、牛肉から鶏肉への消費のシフトや、消費者の牛肉買い控えなどをもたらした。また、その間、牛肉価格の上昇に不満を抱いた消費者による暴動や、屋台では牛肉団子に安価なイノシシの肉を混ぜて提供する業者も出現したという。
図9 ジャカルタ市内の食肉小売価格などの推移
資料:インドネシア商業省(MOT)
  注:ジャカルタの特定市場(パサール)の価格

2.生体牛および牛肉の輸入制度の変更

(1)輸入割当方式から基準価格方式へ

 政府はインフレ抑制対策を強いられる中、輸入規制による影響を受けた牛肉の価格上昇を早急に是正する必要に迫られ、2013年7月、ラマダン明けの最需要期の手当てとして、2013年第3四半期(7〜9月)に420キログラム以上の生体牛(と畜直行牛)2万5000頭の輸入割当を追加で発行した。

 また、農業省による輸入規制から、国産牛の飼養頭数が大幅に減少したことが問題視される中、商業省(MOT)注2は、輸入割当制度が国内の牛肉価格と連動していないという状況を踏まえ、政府に対して輸入制度の変更を求めた。

 これを受けて2013年9月、生体牛および牛肉の輸入に際して、これまで農業省の管轄であった輸入割当方式から、商業省管轄の基準価格方式に変更された。新制度は、国内の牛肉小売価格について、適正とされる1キログラム当たり7万6000ルピア(760円)を基準価格とし、価格の変動によって輸入量を調整する仕組みである。また、生体牛については、これまで運用されてきた体重制限(350キログラム以下)が廃止された。

注2 商業、市場管理および貿易を管轄する行政組織

基準価格方式の仕組み

 2013年9月の基準価格方式の導入と同時に、これまで、牛肉自給率向上を目的とした農業省管理の輸入枠は廃止され、牛肉の価格安定を重点に置いた商業省による輸入枠が設定されることとなった。この輸入枠は、輸入業者の申請に基づき設定される。ただし、輸入業者は申請量の80パーセント以上を輸入する必要があり、これに達しない場合は、罰金などのペナルティが課せられる。

 基準価格方式は、牛肉価格(商業省公表のジャカルタの特定市場におけるセカンダリーカット注3の価格)が基準価格(7万6000ルピア)の95〜115パーセントの範囲内に収まっていれば、輸入枠内での輸入となる(図10の(2))。

 一方、牛肉価格が基準価格から15パーセント上回ると、輸入枠が撤廃され、輸入業者は自由に輸入可能となる(図10の(1))。逆に、牛肉価格が基準価格から5パーセント下回ると、輸入停止となる(図10の(3))。

 輸入枠は1四半期毎に設定され、輸入が自由あるいは停止となる期間は3カ月間維持されることとなる。

注3 ロイン系などの高級部位を除いた牛部分用

図10 基準価格方式のイメージ
資料:ALIC作成

(2)2014年の生体牛の輸入見通し

 2013年当初の生体牛の輸入割当は26万7000頭であったが、追加の輸入割当の発行や輸入制度の変更によって、最終的には45万頭程度になると見込まれている(図11)。また、商務省は2014年1月、2014年の生体牛輸入計画頭数を75万頭(うち肥育もと牛52万5000頭、と畜直行牛22万5000頭)と発表した。また、同省は同時に、生体牛輸入頭数のうち25パーセントを、繁殖用の未経産牛に割当てるとの考えも示している。
図11 生体牛輸入頭数の見通し
資料:MOA、MOTよりALIC作成
 一方、豪州食肉家畜生産者事業団(MLA)は、2014年の豪州のインドネシア向け生体牛輸出頭数について、61万頭(前年比35.6%増)を見込んでいる(図12)。豪州は、2012年のインドネシア向け輸出頭数の減少により、生体牛の新たな輸出市場の開拓に努めてきた。この結果、2012年以降、ベトナムやマレーシア、フィリピンへの輸出が大幅に増加している。MLAは、インドネシアの輸入制度の変更により、2014年の同国向け輸出頭数は増加と見込んでいるものの、ベトナムやマレーシア向け輸出も増加する中で、競合が強まると予測している。
図12 豪州の生体牛輸出頭数の見通し
資料:MLA
注 1:2013年は推計、2014年は予測
注 2:乳牛含む

(3)新制度の課題

 新制度の基準価格は、ジャカルタの特定市場(パサール)における国産牛肉の小売価格を基準に決定している。ただし、市場の場所やどのような部位の価格を参考にしているかは明らかにされていない。また、ジャカルタ市内のスーパーマーケットでは、シン/シャンク(すね)など一部の部位を、基準価格の7万6000ルピア(760円)を下回る6万ルピア(600円)程度で販売しているところもある。このため、基準価格の算定に対して疑問の声も出ている。加えて、輸入牛肉はその大半が加工用や外食産業に仕向けられるため、輸入量を増やしたところで、参考としている市場の小売価格の引き下げに直接的には作用しない、との意見もある。図13を見ると、輸入制度が変更された2013年7月以降も、牛肉価格は高騰を続けている。また、現在、決済通貨の米ドルに対するルピア安により、生体牛の輸入価格が上昇していることも、国内牛肉価格の高騰要因の一つとなっており、基準価格の引き上げを検討する動きもある。これらのことから、牛肉価格を安定させるためには、国産牛由来の牛肉供給量の増加が求められる。

 他方、新制度では、基準価格の95パーセントを下回った場合、輸入停止としているが、これは国内の農家保護の名目で、彼らに対して一定の配慮を示して設けられた措置である。しかし、95パーセントを下回るためには、2011年以前の価格水準、少なくとも肉用牛の飼養頭数が2011年水準以上に回復する必要がある。これは200万頭以上の増頭に相当し、肉用牛の生産サイクルなどを考慮すれば、短期間のうちに輸入停止となることは困難とみられる。また、実際に価格が下がった場合、政府が3カ月間の輸入停止に踏み切るかどうかは不透明とされている。
図13 牛肉価格の推移と基準価格との関係
資料:MOTよりALIC作成
  注:牛肉価格のデータは図9と同じ

3.安定供給に向けた取り組み

 2011年から2013年までの間、肉用牛の飼養頭数は250万頭減少し、頭数回復には繁殖牛などの保留が不可欠となる。一方、増加傾向にある牛肉需要に対応するため、当面は生体牛および牛肉の輸入増加は不可避な状況が続くとみられている。このことから、2014年までに牛肉の自給率を90パーセントに引き上げる目標の達成は困難、との見方が出ている。

 しかしながら、自給率向上プログラムによる増産に向けた取り組みは着実に進められている。国内の牛肉安定供給という目的達成のために、具体的な対策が実施されているが、本章では、同プログラムの萌芽的取組みといえる、農家の規模拡大の推進、繁殖基盤の強化、新たな産地の育成、流通体制の整備、の4つの取組みの現状について取り上げる。

(1)農家の規模拡大の推進(農家グループの育成)

 1戸当たり飼養頭数が3〜4頭の零細農家が肉用牛生産の太宗を占める中、生産・経営効率を高めるためには経営の規模拡大が求められる。しかし、資金力に乏しい零細農家が自助努力のみで増頭することは困難なため、政府は農家のグループ化を推進している。これは指導する側にとっても多数の零細農家を個別に支援するより、集団指導する方が効率的というメリットがある。具体的には、15〜20戸程度をグループ化させ、肥育もと牛や医薬品、飼料などを現物支給し、営農指導を行うとしたものである。この他、農家グループは、政府から共同利用による飼料の保管庫や裁断機の導入に際し100パーセント補助が受けられる。なお、農家グループには営農計画書の提出が義務付けられるが、政府の支援は全て農家側の申請に基づいて行われ、要件を満たせば補助の対象とされる。農業省によると、農家グループは全国で5,000以上注4あるとされ、政府は2013年には新たに230グループの設立を目標としている。

注4 乳牛やヤギなど肉用牛以外の他部門のグループも含む

東ジャワ州ラモンガンの農家グループによる肉用牛生産の事例

 最大の肉用牛生産地である東ジャワ州のラモンガンの農家グループは、2008年に零細農家が肉用牛34頭を持ち寄り設立された。現在のメンバーは20名、肉用牛飼養頭数は258頭まで増頭している。肉用牛の取引は、APFINDOと直接契約を交わして行っている。また、グループリーダーは、地域担い手育成プログラムにより就学・就農資金の援助を受け、大学卒業後に就農している。

※2013年11月時点

牛舎の様子

グループによる肉用牛生産の利点

 メンバーは交替で肉用牛の飼養管理を行っており、20名のうち4名がひと月単位で交替勤務し、給料を受け取る仕組みである。また、肉用牛などの販売によって得られた利益もメンバーに均等に分配される。さらにメンバーは、他の農作物生産などを兼業しているため、それぞれの負担が最小限となる交替勤務により、効率的に肉用牛生産を行っている。

 繁殖は、すべて人工授精(AI)であり、凍結精液は国営のAIセンターから購入し、獣医師であるリーダーが施術している。また、飼料は、大豆がらやトウモロコシの芯などメンバーが持ち寄る農業副産物と、バンカーサイロで製造されるサイレージを利用している。

グループで生産・販売している飼料
給与するトウモロコシの芯

(2)繁殖基盤の強化(繁殖雌牛のと畜防止とAIの普及)

 増頭のカギとなるのが、繁殖雌牛の確保と繁殖成績の向上である。前者の対策として、政府はと畜場で獣医師による検査を行い、繁殖能力があると判定された場合、と畜を禁止している。また、州法などによって、繁殖雌牛は事故牛や8産以上の老齢牛を除きと畜を禁じられている。これらはプログラム実施以前にも取り組まれてきたが、零細農家が収入を得るため、検査を受けずに繁殖雌牛をと畜する場合などがあり、増頭が進まない要因の一つとなっていた。今般のプログラムの実施に合せて、政府はと畜場に監視員を配置するなど監視を強化した。さらに、繁殖雌牛をと畜した場合、と畜を依頼した者に対して罰金や禁固刑を課すなど厳しく取り締まるようにしている。
と畜場内の繁殖雌牛のと畜禁止を表す横断幕
「繁殖雌牛をと畜すると、2500万ルピア(25万円)の罰金あるいは
1〜9カ月の懲役に処される可能性がある」と記載されている
 前述のとおり、2012年は生体牛の輸入規制により、国産牛のと畜が進んだ。しかし、図14に示すとおり、全体の飼養頭数に占める2歳以上の雌牛の割合は、2011年以降増加している。監視員の配置は、主要なと畜場に限られることや、予算的な制約などから対策の限界を指摘する声もあった。しかしながら、繁殖雌牛のと畜防止の取り組みは、一定の功を奏したと見ることができる。
図14 飼養頭数に占める雌牛の割合の推移
資料:MOA資料をもとにALIC作成
注 1:雌牛には、乳牛および水牛も含む
注 2:出典は、1993年および2003年、2013年が農業センサス、2008年が農業調査、
    2011年が畜産統計
 また、政府は、自給率向上プログラムの中で、人工授精(AI)の普及も推進している。しかし、最近の凍結精液の利用状況(表3)を見ると、凍結精液の利用量および受胎頭数はともにほぼ横ばいとなっている。国営のAIセンターによると、凍結精液の生産量は、国内市場からの需要を十分カバーできるものであり、余剰分は東南アジアや南アジアに輸出しているとのことである。それにも関わらず、AIの普及が伸び悩んでいる理由として農業省は、凍結精液の運搬上の問題(液体窒素などの確保が困難)や授精師不足を挙げている。肉用牛の飼養頭数を回復させるカギは、農家に対する交配指導、授精師の育成、凍結精液運搬のためのインフラ整備にあると言えよう。
表3 凍結精液の生産、利用状況
資料:MOA

(3)新たな産地の育成(東インドネシアの開発)

 大消費地ジャカルタが位置するジャワ島は、国内最大の肉用牛飼養頭数を誇る(図15)。しかし、土地制約の関係上、ジャワ島ではこれ以上の大幅な増頭は困難とみられている。このため政府は、ジャワ島以外の地域で増頭を行うための開発を進め、ジャカルタをはじめとする消費地への牛肉供給を企図している。
図15 肉用牛の地域別飼養分布
資料:BPS
 そのターゲットとなったのが、ジャワ島の東隣に位置するバリ−ヌサ・トゥンガラ地方である。当該地方は、「経済発展の加速・拡大のための基本計画(MP3EI)」(詳細は囲み記事参照)によって、畜産業の開発を進める地域と位置づけられている。この地域では、繁殖雌牛の積極的な導入が行われ、特にジャワ島に近い西ヌサ・トゥンガラでは、牛の飼養頭数が近年急速に増加している(図16)。さらに、当該地方には、2013年に繁殖雌牛1万1000頭が導入された。

 政府によると、当地には採草地などに利用できる開拓余地があり、農場副産物も十分利用可能とし、輸入飼料に依存しない増頭は可能としている。
図16 バリ−ヌサ・トゥンガラ地方における牛
飼養頭数の増加率の推移
資料:MOA

(参考)インドネシアの経済発展の加速・拡大のための基本計画(MP3EI)

 インドネシア政府は2011年5月、2011〜2025年の長期計画の中核を担うものとして、「経済発展の加速・拡大のための基本計画(MP3EI)」を公表した。これは2025年までに名目GDPを2010年の6倍超にし、GDP規模世界トップ10入りを果たす、というものである。

 本計画では、国内に6つの経済回廊が設定され、各回廊内および各回廊間を結びつけるインフラ整備を主体としつつ、それぞれの地域特性に応じた産業分野に投資し、経済発展を促すものである。

 また、15年計画であるMP3EIの中に、5カ年計画の自給率向上プログラムが組み込まれ、インフラ整備などのハード関係の事業はMP3EI、ソフト関係は自給率向上プログラムといった具合に両施策が実施されている。

 畜産分野では、土地資源や労働力の豊富なバリ−ヌサ・トゥンガラ地方が投資対象となっている。当該地方の肉用牛飼養頭数シェアは全体の15パーセント(193万頭)に過ぎないが、GDPに畜産業が占める割合は16パーセントと、畜産業はこの地方の基幹産業となっている。MP3EIでは、当該地方での畜産分野に対し総額7兆ルピア(700億円)の投資を進め、一大産地にするとしている。

 また、交通インフラも整備し、当該地方で生産された物資がジャワ島まで円滑に輸送可能となることが期待されている(図17)。

 この基本計画は、アジア開発銀行や世界銀行から支持されているほか、中国や韓国など複数国がインフラ整備などへのアプローチを開始している。今後は各国間で投資競争のような状況が発生する可能性もある。

図17 MP3EIで開発が進むバリ−ヌサ・トゥンガラ経済回廊
資料:インドネシア政府

(4)流通体制の整備(と畜場の整備)

 インドネシアにおける国産牛肉の流通は、生体のまま消費地近辺のと畜場まで運搬し、夜間にと畜、早朝、市場(ウェットマーケット)やスーパーマーケットなどに出荷、という形態が主流となっている。これは、コールドチェーンが未発達なため、鮮度の高い牛肉を提供するにはこの方法を取らざるを得ないためである。また、当日にと畜された牛肉が店頭に並ぶことで、消費者は、国産品が新鮮で安全なものと認知している。しかし、と畜場までの生体輸送は長距離に及ぶ場合もあり、移動中のストレスで牛の体重の減少などが生じている。このため、多くのと畜場では、と畜前に1〜3日間の飼い直しをして、生体重の回復を図っている。

 前述のとおりバリ−ヌサ・トゥンガラ地方で牛肉供給体制の整備が進められる中、次に課題となるのが消費地ジャカルタ周辺までの輸送である。ジャワ島とヌサ・トゥンガラ諸島は海を挟んでいるため、出荷牛はトラックごと船に積載され、スラバヤ港からは陸路でジャカルタ周辺まで運搬される(図17)。これには4〜5日要するなど非効率な面があり、豪州北部からの生体牛輸入と時間差はみられず、コストについては上回る状況である。

 こうした中、政府は2012年に、国内120県のと畜場の建替えや新設のための予算を措置した。あわせて、一部のと畜場に冷凍施設の併設や保冷車の配備も順次進めている。これは、牛肉需要がますます高まるジャカルタで、今後、周辺のと畜場の能力不足が予測されることから、肉用牛生産地でと畜を行い、冷凍処理を行った牛肉をジャカルタに供給しようとする動きである。一方、消費地ジャカルタでも、牛肉の需給調整がある程度可能となるよう、冷凍牛肉保冷庫などの整備も進められている。

 さらに、ホテルなどで消費されるTボーンステーキなどの高級部位については、ヌサ・トゥンガラからスラバヤへ空路で運搬する手法も研究されている。なお、現段階でジャカルタまで空輸すると、輸入牛肉より割高となるため、今後の研究によりさらなるコスト低減が求められている。
左 東ジャワ州のと畜場に新設された冷凍用設備(急冷用冷凍庫、容量2.5トン)
右 同冷凍用設備(保冷庫、容量7〜8トン)

おわりに

 インドネシア政府は、輸入割当により生体牛および牛肉の輸入量を制限することで、自給率を向上させるという内向き志向の強い政策転換を行ってきた。その結果、肉用牛の飼養頭数は大幅に減少し、牛肉価格は高騰し、生体牛および牛肉の緊急輸入で対応せざるを得ないという事態を招いた。こうした政府の輸入方針の転換により、牛肉自給率を2014年までに90パーセントに向上させる目標達成は困難とみられている。

 2014年に商業省の計画どおり75万頭輸入するのであれば、国産牛のと畜は幾分抑制され、飼養頭数が回復する見込みはある。ただし、牛の生産サイクルや零細農家が多いことなどを考慮すると、2011年水準に回復するまでには数年を要するとみられている。一方で、農家グループの育成や繁殖雌牛のと畜防止、牛肉の供給体制の整備など牛肉の安定供給に向けた各種取組みは一定の功を奏しており、長期的視点では牛肉の増産が期待される。

 2014年中には、10年もの間インドネシアの経済成長に貢献したユドヨノ大統領の任期が満了となり、総選挙・大統領選が予定されている。有力候補は絞られつつあるが、政策運営の変更により内向き志向が再び強まる可能性もある。インドネシア牛肉産業の発展の行方は、大統領選を経て次期政権による舵取りに大きく左右されている。

 
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