海外情報  畜産の情報 2015年6月号


インドネシアにおける牛肉自給率向上
プログラムの達成状況と今後の見通し

調査情報部 西村 博昭、中島 祥雄


【要約】

 インドネシア政府は、2014年までに牛肉自給率を90%に向上させる目標の下、国内生産基盤の強化や生体牛および牛肉の輸入規制を行ってきたが、目標は未達成となった。

 2015年から新たな牛肉自給率向上プログラムを開始したが、牛肉の供給量を増加させる追加支援策などはなく、自給率向上のため、再び牛肉の輸入規制が強化されることとなった。これに対し、国内の輸入業者からは不満の声が上がっており、国外からも牛肉輸出国の米国などからWTOに対するパネル設置要請などの圧力がかけられており、今後の行方が注目されている。

はじめに

 インドネシアの人口は毎年増加しており、現在、2億5千万人を超え、中国、インド、米国に続く世界第4位の地位を占めている。インドネシアの牛肉消費については、年間1人当たり2.2キログラムと、いまだ諸外国に比べて非常に少ないものの、経済成長に伴い増加傾向にあり、今後、主要な牛肉消費国となるであろうとの見方も多い。一方、インドネシアは豪州との距離がきわめて近いことから、牛肉のみならず肥育もと牛の生産においても豪州との競争にさらされている。このため、インドネシアの牛肉生産や輸入の動向は、同じく豪州から多くの牛肉を輸入している日本の需給にも少なからず影響を与えるものと考えられる。

 このような中、インドネシアは、増加し続ける牛肉需要に対応するため、2010年から2014年までの政策の方向性を示した牛肉自給率向上プログラムを作成し、牛肉自給率を90%とすることを目標に、肉用牛の増頭を図ってきた。今年3月上旬、プログラムの終期となる2014年までの政府の取り組みとその達成状況、また、2015年からの新たな政策の方向性とともに、今後のインドネシアの牛肉需給の見通しおよび課題を考察することを目的として現地調査を実施した。

 なお、インドネシアの牛肉自給率向上プログラム(2010〜2014年)の具体的な内容などは、畜産の情報2012年8月号「牛肉自給率向上に取り組むインドネシア〜繁殖基盤の強化など生産振興の実態〜」(http://lin.alic.go.jp/alic/month/domefore/2012/aug/wrepo02.htm)および畜産の情報2014年3月号「牛肉の増産に取り組むインドネシア〜牛肉輸入規制の影響と今後の課題〜」(http://lin.alic.go.jp/alic/month/domefore/2014/mar/wrepo01.htm)を参照されたい。

 また、本稿中の牛肉生産量、消費量などについては枝肉ベースの数量としている。

1 肉用牛生産の概況

(1)日本との比較

 まず、簡単にインドネシアの肉用牛生産について、日本と比較してみたい。

 インドネシアの肉用牛農家戸数は約600万戸、肉用牛の飼養頭数は約1269万頭であり、農家1戸当たり平均飼養頭数は2頭程度である。一方、日本の肉用牛農家戸数は約6万戸、飼養頭数は約257万頭であり、農家1戸当たり飼養頭数は45頭となっている。

 インドネシアの肉用牛農家戸数と日本の肉用牛農家戸数の集計方法が異なるため、一概には比較できないものの、インドネシアの肉用牛飼養規模は非常に小さなものである。

 また、インドネシアの飼養頭数は日本の6倍程度もあるものの、繁殖性の低さや枝肉の歩留まりの悪さから牛肉生産量は年間50万トンと日本と同程度である。一方で、牛肉輸入量は5万トンと日本の76万トンに比べわずかであり、1人当たりの消費量は2.2キログラムと少なく、年間消費量は55万トンと日本の半分以下となっている(表1)。

表1 インドネシアと日本の肉用牛生産の比較
資料:インドネシア農業省、インドネシア肉牛生産者協会(APFINDO)、農林水産省
注1:両国の平均枝肉重量は生産量(枝肉ベース)およびと畜頭数から算出。
  2:インドネシアの肉用牛農家戸数は農業省からの聞き取り。
  3:インドネシアの牛肉の1人当たり年間消費量は、APFINDOのデータ。

(2)インドネシアの肉用牛生産

 インドネシアは、日本と同じく島国であり、大小1万を超える島々から構成されている。肉用牛の主産地であるジャワ島の肉用牛飼養頭数が全体の約4割を占めており、次いでスマトラ島が2割、スラウェシ島およびヌサ・トゥンガラ諸島が1割と続いている(図1)。

図1 肉用牛の地域別飼養分布
資料:インドネシア統計局よりalic作成。

 インドネシアでは、専業の肉用牛農家は少なく、ほとんどが水田や畑作などの耕種部門との複合経営であり、堆肥を肥料として使用するとともに、流動資産の所持という目的も合わせて肉用牛を飼養している。首都ジャカルタ周辺には、企業経営による大規模なフィードロットも存在するが、こうした経営はインドネシアの肉用牛飼養農家の5%程度と言われており、残りの95%は小規模な家族経営である。また、牛肉消費の約7割がジャカルタ周辺に集中しているとされているが、肉用牛の主産地であるジャワ島東部や、スラウェシ島およびヌサ・トゥンガラ諸島とは距離的に離れており、これら地域を結ぶインフラ整備の遅れから、生産地と消費地において、常に需給のギャップが存在している。

2 牛肉消費、流通の概要

(1)牛肉消費の概要

 インドネシアの牛肉消費は、洋食文化の流入や、経済発展とともに増加傾向で推移しており、2014年の消費量は59万4000トンと、2005年と比べて約1.7倍の伸びとなっている。特にジャカルタなどの都市部での消費の伸びは著しく、ホテルやレストラン向けの輸入牛肉の高級部位などは、慢性的に不足している状況にある。また、ジャカルタでは、デパートや総合スーパーでの牛肉の販売が主流になりつつあるものの、生鮮食品を扱う伝統的なウェットマーケットは、新鮮な牛肉を入手する場所として依然として消費者に人気があり、国産牛肉が冷凍輸入牛肉よりも高額で販売されている。

 牛肉消費形態として特徴的なものは、バッソと呼ばれる肉団子である(写真1)。バッソは、牛肉だけではなく牛の内臓や鶏肉も使用されるが、高級デパートから、ウェットマーケット、家庭的経営を行う個人商店、屋台まで、あらゆる場所で販売されており、インドネシアで最もポピュラーな牛肉加工品である。インドネシア食肉輸入業者協会(ASPIDI)によれば、内臓を含めた牛肉輸入量の過半は、バッソを製造する牛肉加工部門の需要とのことである。

写真1 ショッピングモールのフードコートで販売されているバッソ

(2)生体牛・牛肉流通の概要

(1)国内生産と供給

 近年の牛肉の供給量を国産牛由来(注1)、輸入生体牛由来(注2)、輸入牛肉別に見ると(図2)、国産牛由来が増加傾向にあるものの、輸入生体牛由来および輸入牛肉については毎年バラつきがみられる。このことについては、後述する政府の輸入規制が大きく関与している。2014年の牛肉供給量の内訳は、国産牛由来が43万5000トンと全体の73%、輸入生体牛由来が8万3000トンで15%、輸入牛肉が7万5000トンで12%となっており、輸入生体牛由来が輸入牛肉の数量を上回っている。

 コールドチェーンの発達していない東南アジア地域においては、生体牛を輸入して、国内でと畜する肉用牛の流通形態が多くみられるが、インドネシアでは、15〜18カ月齢程度の生体牛を輸入し、国内の穀物資源を活用して3カ月間程度の肥育を行い、肉質を向上させた後にと畜する形態が通常である。インドネシア国内における輸入生体牛の肥育期間は短いことから、自給率を論じる上では、輸入生体牛由来の牛肉は、輸入牛肉として捉えられている。

(注1)「国産牛由来」とは、国内で生まれ肥育したもの(廃用役畜を含む)である。
(注2)「輸入生体牛由来」とは、輸入した生体牛を国内で肥育したものである。

図2 牛肉の供給量と自給率の推移
資料:インドネシア農業省及びAPFINDO資料よりalic作成。
  注:2014年は推定値。

(2)輸入生体牛

 インドネシアでは、牛海綿状脳症(BSE)や口蹄疫の発生がなく、輸入先国についても、これら伝染病の清浄国であることが求められている。また、輸入生体牛はインドネシアでの飼養に適したブラーマンなどの熱帯種である必要性や、輸送に係るコストを考慮して、長年の実績がある豪州に限られている。豪州にとっても、インドネシアは生体牛の輸出において最大の顧客であり、輸出の過半がインドネシア向けである(図3)。

 また、豪州の輸出業者は、生体牛輸出専用貨物船を所有しており、ジャカルタへの生体牛の輸送は、豪州北部から輸送する方が、国内のジャワ島以外の島から輸送するよりも、牛へのストレスがなく、経費も掛からないとのことである。

図3 豪州から各国への生体牛の輸出頭数
資料:Global Trade Atlas
  注:HSコード0102(生体牛)
大規模フィードロットTUM社の事例

 ジャカルタ(スカルノハッタ)空港から数キロメートルしか離れていない場所に、TUM社のフィードロットがある。現在、60ヘクタールの敷地に3万8000頭の肉用牛を肥育しており、従業員は500人を超えている。肥育もと牛となる生体牛は全て豪州から導入しており、体重300キログラム〜320キログラム(15〜18カ月齢)のブラーマン×シャロレー(交雑種)を導入し、100日間で約500キログラムに仕上げてと畜するとのことである。豪州からは同じ月齢・体重の肥育もと牛を定時定量に導入できることに加え、国内産の肥育もと牛では期待する増体や肉質が望めないとの理由から、国内産の肥育もと牛を導入しないとのことであった。また、ブラーマンの交雑種はインドネシアの環境に適しており、増体も良く、脂肪が少ないとのことである。

 フィードロット経営において重要視していることは、いかに飼料コストを低減し、増体重と肉質を向上させるかということである。このため、このフィードロットでは、キャッサバやパーム粕、大豆粕、ココナッツ粕やDDGS(エタノール蒸留粕)などといった粕類のほか、ビスケット工場の残さなど、肉用牛の飼料となり得るものを島内の広範囲から運んで利用しており、給与飼料の9割以上が国内産となっている。また、飼料の配合や開発には最も力を注いでおり、与えられた原料から、最も肉質の良いもの(軟らかい肉質の赤身肉)を作り出すことに日々努力しているとのことであった。

 インドネシアの大規模フィードロットでは、独自にと畜場を持つケースが見られるが、TUM社も自社のと畜場を所有している。と畜はハラールに対応しており、牛肉をウェットマーケットに早朝に出荷できるよう、夜から深夜にかけて行われている。また、牛肉はスーパーへの出荷も行われているが、売上げの8割はバッソの加工販売で占められているとのことであった。

 現在、TUM社はフィードロットの収容頭数を6万頭まで拡大することを予定している。将来的にはアジア最大級規模の8万頭を目指し、中東への輸出も視野に入れた経営展開を考えているとのことであり、今後のインドネシアのフィードロット産業の将来に大きな可能性が感じられた。

(注)ハラールとは、イスラム教の教義で、(食用として)許されるものを意味し、牛肉は、定められた方法により飼育および
   と畜・加工処理されたもののみが食用として供することが許される。なお、インドネシア政府は、国内すべてのと畜場が
   ハラールに対応しているとしているが、実際には、ハラール対応に必要な設備が整っていないと畜場で処理されている
   肉牛が、2割程度存在するとの話も聞かれる。

写真2 豪州からの輸入生体牛
写真3 飼料原料倉庫
写真4 菓子工場から搬入された飼料原料(クッキーやクラッカーなど)

(3) 輸入牛肉

 輸入牛肉についても生体牛と同様、輸入可能な国はBSEや口蹄疫の発生がない国に限定されている。主な輸入先国は豪州、ニュージーランド(NZ)および米国となっており、豪州とNZの2か国で大部分を占めている(図4)。また、高級部位はホテル、レストラン、ケータリングなど、くず肉や内臓は、バッソなどの加工分野での需要が多い。輸入牛肉は、手頃な価格に加え、輸入業者からの特別なカットへのリクエストにも対応することから、外食や加工産業からの強い需要がある。

図4 輸入先国別の牛肉輸入量
資料:Global Trade Atlas
  注:HSコード0201(冷蔵牛肉)、0202(冷凍牛肉)

3 牛肉の自給率向上プログラムと達成状況

(1)自給率向上プログラムについて

 牛肉の自給率向上プログラムについては2000年から検討されてきたが、政策の方向性が示され、本格的にロードマップが作成されたのは、2010〜2014年のプログラムが初めてである。政府は、米、とうもろこし、大豆、サトウキビ、牛肉の5品目をプログラムに位置付けており、牛肉の自給率については、90%を目標に掲げている。なお、残りの10%は、高級ホテルやレストラン向けの需要に対するものとしており、あくまでも輸入生体牛と輸入牛肉は、国内生産を補うものとして最小限とする考え方である。

(2)牛肉自給率向上プログラム(2010〜2014年)の達成状況

 自給率目標の達成に向け、2010年からのプログラムでは、主に、(1)肉用牛改良や優良雌牛導入による繁殖基盤の強化、(2)肥料や飼料の効率的な利用による飼養管理の向上、(3)疾病予防など家畜衛生対策の強化、を目的とした施策が掲げられた。

 また、施策の対象は小規模農家であり、地域の小規模農家15〜20戸程度をグループ化し、繁殖雌牛や医薬品、飼料などを現物支給し、グループ単位での営農指導を行うことにより生産基盤の強化を図る取り組みなどが行われている。

 これまでのプログラムの成果について、インドネシア農業省(MOA)によると、2011年以降、牛肉自給率が向上し、目標の90%には届かないものの2013年には80%を超えており、順調に対策の効果が上がっているとの説明があった。しかし、政府の公表している統計によると、2012年、2013年と、と畜頭数の増加により肉用牛の飼養頭数は減少している(図5)。自給率が上昇した一方で飼養頭数は増加していないことから、国内の生産基盤強化という目的に対してどの程度効果が上がっているかについては、疑問が残るものとなっている。

図5 牛の飼養頭数の推移
資料:インドネシア統計局
注1:2014年は推定値。
  2:2013年は10年に1度の悉皆(しっかい)調査を行った年であり、データの連続性がない。

4 自給率目標達成に向けた輸入規制の実施

(1)輸入規制の経緯

 2011年以降の牛肉自給率向上については、政府の輸入規制による輸入量の抑制が大きな要因となっており、輸入量が削減された結果、自給率が上昇している。ここで、政府の輸入規制の経緯を整理したい。

 インドネシアでは、生体牛または牛肉を輸入する際、政府の輸入許可が必要となる。政府は四半期ごとの国内需要を予測しており、この予測に基づいて輸入許可を行い、国内の需給を調整している。

 牛肉自給率向上プログラムのロードマップにおいては、生体牛および牛肉の輸入を削減していく方向が示されており、2010年から2013年にかけて生体牛の輸入許可頭数および牛肉輸入許可数量が削減されてきた(表2)。しかしながら、2013年には国内のインフレと輸入規制が相まって、高級牛肉のみならず庶民の食するバッソの価格も高騰した。その結果、牛肉消費が停滞するとともに、価格の上昇に不満を抱いた消費者による暴動なども発生する事態となったため、2013年の下期からはと畜場直行牛の輸入割当の追加、生体牛の体重制限の廃止などが行われ、同年9月から実質的に輸入規制は停止された。

 2014年も引き続き輸入規制が行われなかったため、この年は、年間で輸入生体牛が73万頭(前年比64%増)、輸入牛肉が7.5万トン(同61%増)と大幅に増加することとなり、自給率も前年の85%から73%へ低下することとなった。

 このため、政府は2015年1月から、輸入生体牛の体重制限の復活、牛肉のセカンダリーカット(高級部位以外の肉)や内臓の輸入禁止といった新たな規制を設けている。

 インドネシア農業省によれば、2014年の輸入量は過剰であり、特に70万頭を超える輸入生体牛は需要を大きく上回るものであったため、その多くはと畜されずに、長く保留されていたとのことである。また、国内需要に見合った輸入が行われなければ、一部の市場が輸入生体牛や輸入牛肉を独占し、牛肉の市場価格をコントロールする事態となる恐れもあるとし60万頭程度の輸入が適当と見ている。これに対し、肉牛生産者協会(APFINDO)は、2014年の輸入量は需要に合致した頭数であり、少なくとも、2015年も前年同様の75万頭程度の輸入が必要であるとしている。

 農業省と畜産関係団体との需要見通しが異なる中、政府は2015年の第1四半期において、生体牛の輸入許可頭数10万頭、輸入牛肉の輸入許可数量1万2000トンとする厳しい輸入許可数量を設定した。我々がインドネシアで調査を行った3月上旬において、フィードロット協会は牛肉輸入関係業者とともに、第1四半期の輸入許可数量を不服として政府と交渉を重ねており、その交渉の成果であるかどうかは定かではないが、第2四半期における生体牛の輸入許可頭数は20万頭、牛肉の輸入許可量は2万トンとしており、大幅に増加されている。

表2 生体牛および牛肉の輸入規制の流れ(2010年〜2015年6月)
資料:聞き取り等によりalic作成。
  注:「基準価格方式」とは、輸入の可否を国内牛肉価格で判断する仕組み。政府が基準となる
    国内牛肉小売価格(基準価格)を設定し、当該四半期の国内牛肉小売価格が、(1)基準
    価格の95%を下回った場合に翌四半期の輸入を禁止、(2)基準価格の115%を上回った
    場合に翌四半期の輸入枠を撤廃するとしている。

(2)2015年からの輸入規制強化に対する輸出国の反応

 これまでの度重なる輸入規制に加え、2015年から、さらに規制が強化されたことに対して、輸出国からは不満が噴出している。

 米国(通商代表部)は、これまでもインドネシアが導入している果物、野菜、食肉などの輸入規制措置について、世界貿易機関(WTO)の紛争解決手続きに基づいて数回にわたり2国間協議を行ってきた。しかし、これらが不調に終わったため、今年3月、WTOに対し紛争解決小委員会(パネル)の設置を要請している。今回のパネル提訴の内容には、2015年1月からの牛肉のセカンダリーカットの輸入禁止も含まれている。米国はこの紛争でNZと緊密に連携しており、NZもWTOに対してパネル設置を要請している。

 一方、生体牛の輸入許可頭数の設定方法については、豪州から見直しを求める声が上がっている。オーストラリア家畜輸出事業団(ALEC)は、4月にジャカルタを訪問し、インドネシア政府に対し、生体牛輸入許可頭数の設定期間を四半期単位から年単位に変更するよう要望している。年単位の設定となれば、豪州の生産者および輸出業者が計画的な生産・出荷スケジュールを組むことができるとともに、インドネシアの輸入業者も高値のスポット市場で無理に生体牛を購入する必要がなくなることから、生体牛の輸出業者と輸入業者双方に利益があることを強調している。

5 新たな牛肉自給率向上プログラムと今後の需給見通し

(1)新たな牛肉自給率向上プログラム

 インドネシアでは、昨年7月の選挙により新たな指導者が誕生した。大統領となったジョコ・ウィドド氏は、食品の輸入依存を減らし、自国農作物の販売を促進するため、輸入代替戦略を強化することを表明している。また、新たな組閣により農業相となったアムラン・スライマン氏は、就任から5年の任期中に食料自給率目標の達成を目指すことを公言しており、自給率目標自体は前回を踏襲するものとされた。

 2015年から、2019年に向けた新たなプログラムが開始されることとなったが、インドネシア農業省は、牛肉自給率向上プログラムの目的や内容については、前回と特に変わることはなく、これまでの施策の成果を着実に積み上げていくことが重要だとしている。このため、公表されたロードマップに目新しい対策は見当たらず、農家の規模拡大、肉用牛改良、優良繁殖雌牛の導入、栄養価の高い飼料の開発、衛生管理の徹底、繁殖雌牛のと畜制限(注3)、と畜場の整備など、前回のプログラムにも記載されていたものが列挙されている。

 これまでプログラムが順調に進んでいるという政府の見解に反して、生産者団体からは、肉用牛農家個人が利用できる支援は融資制度のみであり、小規模農家が経営を持続できる十分な予算が確保されていないとの不満が聞かれた。また、政府は米やとうもろこしなどの穀物を重要視しており、サトウキビと牛肉への予算配分は他の品目よりも少なく、二の次とされているとの声もあった。

(注3)国内の肉用牛群造成のため、繁殖能力のある若齢の繁殖雌牛については、と畜を禁止している。

(2)今後の牛肉需給の見通しと課題

 インドネシアの牛肉需給について、APFINDOはガジャマダ大学との協力により、10年後の予測を公表している。この予測によれば、牛肉の消費量は、人口の増加と一人当たりの消費量の増加により、2014年の59万4000トンから2024年には104万5000トンと1.8倍と大幅に増加する一方、国内生産量は、2014年の43万5000トンから2024年には54万6000トンと、1.3倍にとどまるとしている(図6)。この結果、インドネシアの2024年の輸入量(輸入生体牛由来を含む)は、消費量から国内生産量を差し引いた50万トン程度となると予想されるが、これは、現在の日本の豪州からの輸入量(2014年:40万トン)を上回るものであり、近い将来、インドネシアが豪州産牛肉の最大の輸入先となる可能性もある。

 これは、一つの予測ではあるものの、今後、インドネシアの牛肉需要が増加していくであろうことは誰もが認めている。インドネシア農業省も、牛肉需要の増加に伴い輸入量の増加は避けられないとしており、自給率向上を図るために、国内の生産基盤の強化が急務であるとしている。

 しかし、国内の小規模農家は、依然として生産性が低く、政府の支援なしには経営の持続が困難な状況にある。また、大消費地に向けたサプライチェーンも脆弱であり、グループ化によるフィードロットへの安定的な肥育もと牛の供給や、集約的な肉用牛出荷も課題とされている。一方、企業的な大規模フィードロットは、政府の支援なしに輸入生体牛を肥育し、と畜、販売までを行うビジネスを拡大しており、その格差は鮮明となっている。

図6 2024年までの牛肉需給の見通し
資料:APFINDO

おわりに

 インドネシアの牛肉自給率向上プログラムについては、国内の生産基盤を強化して増頭を図ることが目的の1つであるものの、プログラム開始後から、期待されていたような肉用牛飼養頭数の増加は見られていない。また、2015年からの新プログラムに目新しいものはなく、振興策が強化されたという印象を持つこともできなかった。牛肉自給率は2013年に80%を超えたものの、これは輸入規制を強化した結果であり、方法論は問わず、数字上の自給率目標を達成させるということに主眼が置かれたように思われる。実際、畜産関係団体の幹部からは「政府は自給率という数字にとり憑かれている。」という発言があり、非常に的を得た言葉だと感じられた。

 国内の牛肉需要が増加する中、2013年後半から実質的に停止していた輸入規制は、2015年から新たな政府の下で、再び強化されることとなった。このことについては、国内の輸入牛肉実需者における不満も多く、今後、国内価格が上昇していけば、消費者からの不満も噴出するであろう。一方、牛肉輸出国側からは、WTOに対するパネル設置要請などの圧力がかけられており、今後、輸入規制の縮減あるいは撤廃が余儀なくされる可能性もある。このことから、パネルの行方については、注視していく必要がある。

 インドネシア大統領の号令のもと、政府は食品の自給率向上と輸入依存からの脱却といった路線を敷き、今まさに走り始めたばかりであり、当面の間は生体牛および牛肉について一定の輸入量はコントロールされるであろう。

 しかし、インドネシアにおける輸入生体牛および輸入牛肉の関税は5%と非常に低く、現状では、国際競争力においてインドネシアは豪州に遠く及ばない。増加し続ける牛肉需要に対応した国内増産体制の構築が不十分である中、インドネシアが牛肉の自由貿易に舵を切る方向に進むこととなれば、継続的な輸入の増加が見込まれ、国際的な牛肉需給に大きな影響を与える国となるであろう。


 
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