★ 機構から


家計調査に見る最近の食肉と生鮮魚介の相関関係について

監事 渡部 紀之


1.はじめに

 ここ数年間、食肉の消費に影響を与えた大きな出来事が立て続けに発生した。それらは、12年3月に92年ぶりに発生した口蹄疫(同年5月にさらに1例発生)、13年9月に国内初のBSEの発生(16年10月末日現在までに14例の発生が確認されている)、15年12月の米国でのBSE発生に伴う米国からの牛肉輸入停止(現在も停止措置がとられている)、および16年1月に79年ぶりに発生した高病原性鳥インフルエンザである。

 これらの家畜疾病の発生とそれに伴う偽装事件などの諸問題も大なり小なり食肉消費に影響を与えたものと思われる。

 食肉の消費に関する影響は、家計消費に限らず、外食、中食産業、食肉加工など広範に及ぶものと思われるが、データがそろっている家計調査から、牛肉、豚肉および鶏肉と生鮮魚介の関係について分析したので、その内容を報告したい。

 なお、日本経済はバブル崩壊以降、長期の景気の停滞期を経て、最近になって回復の兆しが見え始めてきていると言われ出しているが、これらも家計における食肉消費に影響を与えているものと思われるので、消費支出、食料支出についても若干の分析を試みたので、合わせて報告する。


2.分析の方法

 消費支出や食肉の消費には非常に大きな季節的な変動が含まれていることから、この変動を除外(季節調整)した数値を用いて分析を行った。

 季節調整法は、米国のセンサス局法II(X-11)を用い、時系列(実績)値(O値)の季節変動(S値)、不規則変動(I値)および傾向循環変動(TC値)を乗法モデル(O=T×C×S×I)として分離したものを使用した。以下、文中および図表中では、O(オリジナル)値、TCI(傾向循環不規則変動)値、TC値、S値およびI値として表記している。

 なお、家計調査における消費支出、食料支出および食肉の支出金額、購入数量については、1世帯当たりの数値を実人員で除し、1人当たりとした数値を用いた。特に断りがない数値は、「1カ月1人当たり」の数値である。

 また、時系列分析に通常使用する「対前年同月比」と「TC値」を比較すると、「対前年同月比」を用いて動向を見る場合は、さらに前年の「対前年同月比」を十分に勘案しないと動向を見誤るという過ちを犯しがちであるが、「TC値」を用いた方が増減変動の動向や時系列の変動がより明確に掌握でき、さらには量的な変動も明確にすることができることから、時系列分析に優れた方法であることを以下に掲載した図表から読み取っていただけるものと思う。

 「TC値」と「TCI値」の使い分けは、TC値は季節変動と不規則変動を除いていることから比較的長期の変動を見るのに適しており、TCI値は季節変動のみを除外していることから、突発的に何かが生じた場合にはその要因が加わっているため、短期的な影響(変動)がTC値よりは明確に見ることができる。


3.消費支出と食料支出について

(1)消費支出について

 消費支出は、10年11月のピーク(TC値、10万円強)から15年5月の9万3千円強まで低下し、その後、回復基調となり16年3月には9万7千円弱まで回復し、その後は停滞気味となっている。

 ちなみに、バブル(平成景気)が崩壊したといわれる3年2月の消費支出は9万円であり、食料支出は2万5千円(消費支出に占める割合は、27.8%)であった。

 消費支出は、バブル崩壊後も約8年間で12.1%増加し、ピークに達した後、5年半で7.3%下落したことになる。

図1 1人当たり消費支出金額

(2)食料支出について

 食料支出については、バブル崩壊後も一定水準を維持し、10年11月の2万6千円をピークとして、その後は下降傾向となり、一時的な回復が見られるものの現在も下降傾向である。

 消費支出が回復基調に転じ出したといわれる中で、食料支出の回復までには至っていない。

図2 1人当たり食料支出金額

 消費支出と食料支出の関係は、消費支出が増えると食料支出が増えるという強い相関関係(11年1月から15年12月までの間のR2(決定係数)は0.9134)が見られてきたが、平成15年4月以降は、消費支出が増える中にあっても食料支出の水準は減少傾向で推移している。

図3 消費支出と食料支出の関係


4.牛、豚および鶏肉と生鮮魚介の関係について

 牛、豚および鶏肉と生鮮魚介の購入数量の相関関係は、

となっており、牛肉と豚肉の間では、強い負の関係となっている。すなわち、牛肉の購入数量が増えると豚肉の購入数量が減り、豚肉の購入数量が増えると牛肉の購入数量が減る。

 なお、この関係は牛肉と鶏肉の間でも見られるが、それほど強い関係は見られない。

 また、牛肉と生鮮魚介類との間では、あまり強い関係があるとは見られないが、面白いことに鶏肉と生鮮魚介との間には比較的強い正の相関、すなわち、鶏肉の購入数量が増えると生鮮魚介の購入数量も増えるという関係にあり、家庭における食品バランスの工夫のなせる技なのかもしれない。

 分析期間(11年1月から16年9月)の1人当たり月平均購入数量は、牛肉222.4グラム、豚肉427.8グラム、鶏肉299.7グラムおよび生鮮魚介1,110.3グラムであり、100グラム当たり平均購入単価は、牛肉266.3円、豚肉135.7円、鶏肉93.0円および生鮮魚介148.9円である。

 限られた食料支出の中で、量と質(単価)をうまく組み合わせることで、食生活を一定水準に保つ工夫が行われていると見ることができる。

(1)食肉と生鮮魚介との関係について

図4 食料、食肉、生鮮魚介支出割合

 グラフは、消費支出に占める食料支出の割合、食料支出に占める食肉(牛、豚、鶏肉の合計)および生鮮魚介の支出割合を表したものである。

 消費支出に占める食料支出の割合は、25.6±0.2%で比較的一定水準が保たれていたが、15年11月以降比率が低下し最近は24.9%まで落ちてきている。

 食料支出に占める食肉支出の割合は、BSEの影響のあった期間を除いて6.0±0.2%とほぼ一定水準が保たれている一方、生鮮魚介は比率が下がり傾向で推移しており、7.1%から6.2%下がっており、食料支出における食肉と生鮮魚介への支出はほぼ拮抗してきている。

図5 一人当たり食肉・生鮮魚介購入数量

 日本の食生活パターンとして、今までは家計では生鮮魚介の購入数量が多いことが特徴であり続けてきたが、生鮮魚介の購入単価が相対的に高いこともあり、また、食肉を嗜好する世代が増えていることからも、食肉と生鮮魚介の購入数量は近いうちに逆転するものと思われる。

 牛肉はBSEの影響があり大きく購入数量が減る局面があったが、そのことを除いても、家計消費量は減少傾向で推移しているものと思われる。

 一方、豚肉は、BSEの影響で牛肉からのシフトが見られるが、そのことを除いても、長期的には増加傾向で推移しており、分析期間の景気の動向、および消費支出、食料支出の傾向を勘案すれば、購入単価の高い牛肉や生鮮魚介から、購入単価の安い豚肉へシフトしているものと思われる。

 なお、BSEの影響で牛肉離れが起きたときの購入数量シフトは、生鮮魚介、豚肉、次に鶏肉の順であった。

 鶏肉については、BSEの影響による牛肉からのシフトや、高病原性鳥インフルエンザの影響による減少などが若干見られるが、分析期間中はほぼ横ばいで推移しており、購入単価が安いこともあり、他にあまり影響されず家計消費の中では定番食材となっているものと思われる。

図6 食肉および生鮮魚介購入単価

 食肉および生鮮魚介の購入単価のグラフは、牛肉とそれ以外では水準が大きく異なることから、左右にスケールをおいて、目盛り幅を同一としたもので表している。

 各食肉単位では、影響度合いを明確にするため目盛りの幅を細かくしていることから、変動が大きく見られたが、同一目盛りにすると豚肉および鶏肉の上昇、下降は相対的にはそれ程大きくないことが読み取れる。

 分析期間中で相対的に大きな変動をしているのは牛肉で、特に米国からの牛肉輸入停止によって大きく影響を受けているものと思われる。

 なお、生鮮魚介は、分析期間中多少の上昇、下降はあるもののほぼ一貫して下降傾向が継続している。また、豚肉、鶏肉は若干の上昇、下降はあるもののほぼ安定的に推移している。

(2)牛肉、豚肉および鶏肉の相互関係について

 生鮮魚介を除いて食肉だけで見た場合、牛肉、豚肉および鶏肉の間ではどのようなことが起こったのか探ってみた。TC値の対前月増減を用いて、各食肉の数値がどのように変化したかをグラフ化している。グラフは、各食肉の増減の積み上げグラフと各月の差分(積み上げグラフのプラス/マイナス)の折れ線グラフで表している。

 例えば、13年3月の対前月増減は、牛肉−7.6グラム、豚肉−2.3グラムおよび鶏肉−1.3グラムであることから、差分は−11.1グラムとなり、13年10月では牛肉−13.4グラム、豚肉8.5グラムおよび鶏肉5.4グラムであることから差分は0.5グラムとなっている。

 したがって、増減の幅が大きくあっても、差分が小さければ大きな代替関係が生じ、増減幅の大小に関係なく、差分がプラスの場合は食肉の購入数量が増加しているときであり、マイナスの場合は購入数量が減少しているときであるといえる。

 11年1月から12年12月までの間は差分もそれほど大きくなく、牛肉を増やすと豚肉、鶏肉を減らすというバランスがとられていたが、13年1月以降、消費支出、食料支出が大きく減少しだしたことから、各食肉とも購入数量は減少し差分も大きくなっている。

 13年6月以降、消費支出、食料支出が増加傾向に転じたことから、豚肉および鶏肉の購入数量が増加しだしたが、BSEの影響で牛肉の購入数量を大きく減少させる反面、豚肉および鶏肉の購入数量を増加させ、後半には牛肉も増加し、差分で分かるように食肉全体としては14年5月までは増加傾向で推移した。

 その後、食料支出の減少は無かったが、食肉全体の購入数量は減少傾向となり、牛肉の購入数量は増加を続けたものの、14年6月以降は食料支出の減少に伴って、鶏肉および豚肉が減少傾向となっている。さらに、15年10月以降は、豚肉の購入数量が増加し、鶏肉および牛肉の減少している。

図7 食肉購入数量対前月増減

 各食肉への支出金額は購入単価との関係もあり、購入数量との動向は必ずしも一致していないが、差分で見ると食料支出の増減とほぼ同じ動きとなっている。

 家計消費において、各食肉間で巧みにバランスが取られていることをあらわしているものと思われる。

 そのような中にあって、唯一例外的な動向となっているのは、13年9月のBSE発生時である。食肉全体としての購入数量は増加傾向であったが、牛肉への支出金額は大幅に減少し、豚肉および鶏肉への支出金額増加分を上回っていることから、食肉全体での支出金額は減少となっている。

 なお、この期間の生鮮魚介の支出金額が増加していることから、牛肉への支出金額の減少分は生鮮魚介へも回ったと思われる。

図8 食肉支出金額対前月増減

 

5.おわりに

 食品安全委員会のプリオン専門調査会は、生後20カ月以下の牛をBSE検査から外すことを容認する中間報告書をまとめたことから、外食産業を中心に米国からの牛肉輸入が近々にも解禁されるとの期待感を高める一方で、消費者からは全頭検査を止めることについての不満が表明され、どのようにこれらの問題が収れんしてゆくのか注目されているが、分析で見られたように、特に家計における消費者は、外食や中食との間で巧みにバランスをとりながら家族の健康、食の楽しさにも工夫を凝らし続けるものと思われる。

 一方で、適切、的確な防疫対策や衛生・環境対策が重要であることは言うまでもないが、消費者への食に関する正しい情報を迅速・的確に伝達することで、高病原性鳥インフルエンザの影響は比較的短期間小規模で終わらせることができたように、これらの食に関する情報をどのような手段で、いかに適切に効果的に提供するかということが、今後の需給を安定させていく上での課題であろう。

編集部注:このレポートのほか、各食肉の消費動向の分析を当機構のホームページに掲載していますで、併せてご覧ください。こちら


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