海外駐在員レポート  
 

農業部門以外の資本への依存を高める南米の穀物生産

ブエノスアイレス駐在員事務所 松本 隆志、石井 清栄


    

1.はじめに

 近年、南米での大豆を中心とした穀物生産の拡大は目覚ましいものがあるが、その背景には、政府による公的資金や大規模経営の自己資金だけではなく、農業部門以外からの他人資本によるところも大きい。ブラジルでは穀物メジャーからの肥料および農薬の現物融資、アルゼンチンでは一般投資家からの資金を運用する農業ファンドと、その様子は異なるものの、これら他人資本はそれぞれの国において穀物生産の拡大に貢献している。しかしながら、2009年度の作付けが目前に迫る中、景気後退により貸し手からの資金供給は減少しており、また、2008年度の降雨不足による大幅な減産に伴い頼るべき自己資金も減少したことから、いずれの農業経営者も2009年度の作付けに向けた資金繰りに苦しんでいる。本稿では、両国での穀物生産活動を支えるシステムとして、ブラジルの現物融資、アルゼンチンの農業ファンドの仕組みを紹介するとともに、これらの動向を踏まえた上で2009年度の作付けを考察する。

2.ブラジル

(1)概況

 世界のトウモロコシ生産の約1割を占めるブラジルでは、生産量の大部分が国内の中小家畜向け飼料として利用されているため、輸出余力は少ないとみられてきた。しかし、2006年度の輸出量は1093万トンとなったように、最近はトウモロコシ輸出国の一つに位置付けられるようになった。

 一方、大豆生産は世界の約3割を占めており、国際市場に大きな影響力を持つ。夏作トウモロコシと大豆は作付けが同時期となり競合するため、それぞれの価格動向が作付面積に反映される。
(表1)ブラジルのクロップカレンダー

 ブラジルの農業生産の拡大の背景として、アマゾン森林の不法伐採が指摘されているが、木材の調達、放牧利用、大豆生産などのために、森林が伐採された後に農地が造成されるアマゾン地域は、農地の土壌が薄いため、数年間大豆を生産すると、生産性が低下してしまう。このため持続的生産の観点から見た場合、アマゾンは農業生産に適した土地ではない。

 このようなことから、穀物生産は、北部(アマゾン上流部)や北東部(アマゾン下流部)ではなく、中西部(セラード地域)を中心に拡大している。この中西部には、地域名の由来ともなっているセラードと呼ばれる酸性度の高い赤土が広がっており、穀物生産を行うためにはリン酸石灰や硫安の施肥が必要となる。このため中西部の農地価格は、南部(ウルグアイ国境部)に比べ安価であり、1戸当たり1千ヘクタールを上回る大規模経営も多い。

 また、筆者が取材のため訪問した中西部のマットグロッソ州クイアバ市周辺地域では、広大な大豆畑の傍らに、低木が生い茂る未開墾地が点在していた。このような未開墾地は、セラード地域に多く残っており今後開発により高い生産性をもつ農地に生まれ変わる可能性がある。また、こうした未開墾地に加え、長期間にわたり粗放的な放牧利用や農業生産により生産性が著しく低くなった劣化農地も点在する。

(2)2008年度の生産

 2008年度のトウモロコシおよび大豆の地域別生産量は、表2のとおりである。このうちトウモロコシの作付面積については、

 (1)  EUの穀物生産の回復や主要輸出先国であったイランの輸入量の減少などから、
    需要が減少し、生産者販売価格が低下したこと

 (2)  生産資材コストが大幅に上昇したことから、夏作、冬作とも減少した。

 加えて、単収についても、主要産地のパラナ州など南部を中心に2008年11月中旬から2009年1月まで続いた降雨不足により、夏作が前年度比16%減、冬作についても、パラナ州と中西部マトグロッソ州において輪作作物である大豆の収穫の遅れに伴う、は種の遅れなどにより、同11%減といずれも低下が見込まれている。
(表2)地域別の生産量

(3)農業部門への融資


(ア)政府による融資

 ア 営農融資    

 農畜産物の生産や加工に係る経費などの運転資金を対象として、表3に示した限度額まで経営体当たりに融資される。年率6.75%で償還期間2年である。融資限度額は、多くの作目において2008年度から引き上げられているが、規模に関係なく経営体当たりの融資であるため、大規模経営に必要な資金需要を満たすことはできない。このため農業部門に対する融資状況は、6割が政府融資、4割が民間融資といわれている。
(表3)政府営農融資の1 経営体当たり限度額

 イ劣化農地回復プログラム    

 連邦政府は、未開墾地や劣化農地などの生産能力を回復し、持続性ある生産システムを構築するため、2008/09年度農業プランから劣化農地回復プログラムを設け、農業経営者への低利融資を行っている。こうした施策を通じた劣化農地などの機能の回復により、アマゾンなどの保護区域で新たな農地開発を行うことなく、穀物の大幅な増産が可能となると考えている。    

 農畜産物の生産や加工に係る経費などの運転資金を対象として、表3に示した限度額まで経営体当たりに融資される。年率6.75%で償還期間2年である。融資限度額は、多くの作目において2008年度から引き上げられているが、規模に関係なく経営体当たりの融資であるため、大規模経営に必要な資金需要を満たすことはできない。このため農業部門に対する融資状況は、6割が政府融資、4割が民間融資といわれている。
(表4)国土全体に占める面積および割合(2008 年)

(イ)民間による融資


 ア 現物融資    

 90年代からの中西部での穀物生産の増加による農業資材の需要の高まりに対応して、農協を通じた現物融資(パッケージ融資)が始まった。    

 多くの場合、資金ではなく肥料などの農業資材が引き渡され、相当額の農産物で返す物々交換契約が結ばれ、経営規模に関係なく経営状況に応じた融資が行われている。農協が工面する融資資金は穀物メジャーからも提供されているため、農協と穀物メジャー間の融資契約の際には、輸出契約も同時に行われる。    

 個別の経営状況に応じて、肥料および農薬の融資(生産コストのおおよそ半分に相当)、または、肥料のみ融資(おおよそ3割に相当)が行われるのが一般的である。
(図1)パッケージ融資の仕組み

 融資に対する返済は、    

 「融資額×{1+市中銀行の貸出金利(2009年6月のブラジルでの普通銀行の貸し出し金利は年利17%程度)+契約手数料(2%程度)}/契約時における収穫期の先物価格」の算出式から、融資時に返済量を決定する。

 このため、収穫時期の価格が契約時期の先物価格より上昇した場合、農業経営者側に逸失利益が発生する。

 一方、収穫時期の価格が契約時期の先物価格より下落した場合、貸し手側が損失を被ることになるが、融資契約時に貸し手は農業経営者から債務の履行を保証した農業手形を受け取ることができる。農業手形は、ブラジルの金融機関で手形割引を行うことができる譲渡可能な債権である。このため、契約後に価格が下落すると貸し手が考えた場合、農業手形を売却することも可能である。    

 返済は農産物の先物相場を基に決定されるため、パッケージ融資は農業経営者にとって価格暴落時のリスクヘッジにもなる。一方、2007年度産は収穫時期の価格が契約時期の先物価格より上昇し逸失利益が発生する事態となったが、契約解消のための資金を調達できた農業経営者は、途中で契約を解除し、逸失利益を低減していた。   

 このようにパッケージ融資は、  

 (1)  連邦政府の営農融資は経営体当たりの融資であるため、規模が大きくなるほど資金需要を満たすことが困難となること

 (2)  これまでの債務を繰り延べしている場合、市中銀行から融資を受けるためには、新たな担保(現有資産)の提供が必要なこと

 などから、資金不足の農業経営者にとって必要不可欠な仕組みとなっている。 

 イ 市中銀行の融資    

 政府は、金融機関の現金預金の全体の一定割合(25%)を農業向け融資として融通する義務(義務資金)を課すことで、農業経営者の資金調達を促進している。なお、金融機関が義務融資を融通しない場合、義務資金は強制預金として無利子で中央銀行に没収される。

(ウ) 2009年度作付けに向けた融資の状況 

 大規模経営が多い中西部では、現物融資(パッケージ融資)が農業経営体への融資の半分を占めるといわれている。しかしながら、2009年度については金融危機による影響を受け、融資元である穀物メジャーからの資金供給が減少しており、パッケージ融資の融資条件が厳しくなっている。

 このため農業経営者は、2009年度の作付けに向けた資金不足を補うため、(1)連邦政府の営農融資、(2)これまでの銀行債務の繰り延べ、(3)冬作トウモロコシの生産による収益―などにより、資金をねん出する必要が生じている。

(5)2009年度の生産見込み
    

 まずトウモロコシ生産者販売価格の状況を見ると、トウモロコシの在庫が増加(2006年度330万トン、2007年度1186万トン、2008年度963万トン)していることから、価格は横ばい傾向にある。また、トウモロコシは家畜飼料としての国内需要があるため、地域による価格差は少ない。

 一方、大豆は好調なFOB価格を反映して、生産者販売価格は高水準にある。大豆価格については南部産の方が、中西部産に比べ高く取引されているが、これは大豆油や大豆油かすを含め、大豆産品のほとんどが輸出されるため、輸出港に近い南部産の方が有利になるためである。

 次に生産コストを見ると、2008年度に種子費、肥料費、農薬費などの農業資材およびトウモロコシの価格自体も上昇したが、その後トウモロコシの価格は2007年度の水準に戻った一方で、農業資材の価格は2007年度の水準までには戻っていない。このため農業経営者は資金調達に苦慮している。こうしたことから、2009年度は生産コストの低い大豆の作付けが、伸びると見込まれている。

 一方、中西部では2009年度作付けに向けた資金のねん出などのため、冬作トウモロコシの作付けが増加すると見込まれている。中西部で冬作トウモロコシが生産される理由としては、(1)農閑期に生産要素(土地、機械、機材、労働力)を合理的に活用できること、(2)収穫期が夏作トウモロコシの端境期となるため、価格が高いこと、(3)その時期に安全に収益を望めるほかの選択肢が少ないこと―などが挙げられる。
(図2)トウモロコシ生産者販売価格
(図3)大豆生産者販売価格
(表5)マットグロッソ州(中西部)での生産費の推計(米ドル/ha)
表6)パラナ州(南部)での生産費の推計(米ドル/ha)

 以上を踏まえて、2009年度の生産について総括すると、トウモロコシの作付面積は減少するものの、2008年度に南部で降雨不足の影響を受け低下した単収が回復すること、中西部で冬作トウモロコシの生産量の増加が予測されることから、全体では生産量は増加する見込みである。

 一方、大豆については、価格が高水準にあることから作付けが拡大するとともに、トウモロコシと同様、2008年度に南部で降雨不足の影響を受け低下した単収が回復すると予測されることから、生産量は増加する見込みである。
(表7)トウモロコシの需給表
(表8)大豆の需給表

3.アルゼンチン

(1)概況

 世界のトウモロコシ生産の約2%を占めるアルゼンチンでは、大家畜を中心に牧草を利用した畜産が行われていることから飼料需要が少ない。このため生産されたトウモロコシは輸出に仕向けられることとなり、世界の貿易量の1割を占め、米国に次ぐ世界第2位のトウモロコシ輸出国である。しかし、単位面積当たりのトウモロコシ収益は大豆に比べ低いことから、トウモロコシ生産量は減少傾向にある。

 一方、大豆生産量は世界の約2割を占めており、国際市場に大きな影響力を持つ。トウモロコシと大豆は作付け時期が重なり競合するため、それぞれの価格動向が作付面積に反映する。なお、小麦は、大豆の裏作として生産される冬作小麦が生産のほとんどを占める。

(表9)アルゼンチンのクロップカレンダー

(2) 2008年度の生産

 2008年度のトウモロコシ生産は、肥料および農薬費が上昇した結果、より生産コストの低い大豆生産に移ったことから作付面積が減少した。加えて主要生産地域のパンパ一帯で11月中旬から1月まで続いた降雨不足により、単収が前年度に比べ23%低下すると見込まれている。 また、大豆生産については、価格上昇も追い風となり作付面積は拡大したが、同様に降雨不足により、単収が同29%低下すると見込まれている。

(写真1)2008 年度産のトウモロコシの収穫期
例年であれば、2月のトウモロコシは人の背より高くなるが、降雨不足のため、
1メートル程度までにしか生長していない。このため穀実として収穫せずに、サイレージとして利用

(3)農業ファンド

 アルゼンチンの穀倉地帯であるパンパ地域では、農地所有者は借地料収入だけを受け取り、実際の農業生産活動は農地所有者から委託された農業信託組織(農業ファンド)が全て行う方式が拡大しており、現在ではパンパ地域の耕種作物作付面積のうち約1割の生産を担っていると見込まれる。

 農業ファンドは農産物価格の上昇につれて、近年急激に拡大しているといわれているが、関連する団体や統計などが無いことから、聞き取り内容を中心に活動状況を報告する。

(ア)仕組み

 そもそも農業ファンドの定義は存在しないが、関係者の認識を総合すると、

 (1)  農業部門以外からの投資を受けていること

 (2)  生産のため一部または全部を借地していること

 (3)  大規模(5千ha以上)な農業活動を行っていること

 (4)  農作業の一部または全部を委託していること

 の条件を満たす組織である。

 農業ファンドは、アルゼンチンで遺伝子組み換え(GM)大豆の生産が始まった1996年頃に誕生したといわれている。GM大豆の普及は、単収向上や作付適地の拡大などにより生産量の増加に貢献する一方で、(1)肥料、農薬、種子などの農業資材の需要の高まり、(2)農地価格の上昇を引き起こした。これらにより穀物生産コストが上昇したため、生産コストを下げるための手段として農業ファンドが誕生した。

 当初の借地料の算出方式は、収穫量の約3割を農地所有者に渡す契約が主体であったが、借地料の上昇に伴い契約内容は変化し、は種前の先物価格に基づく契約に変化している。

(イ)利用面積

 土地利用の状況などを基に、農業ファンドの利用面積を推察してみる。

 農業ファンドの主な活動範囲であるパンパ地域の土地利用の状況は表10である。1120万ヘクタールがコントラクターにより生産活動が行われる農地(≒所有者または借主が耕作しない農地)とみられ、この中に農業ファンドの利用面積も含まれる。

(図4)農業ファンドの仕組み
(表10)パンパ地域における農地の利用の現況
 次に2002年センサスから5千ヘクタール以上を所有する経営体数また、現在、農業ファンドはおおよそ250組織あるといわれていることから試算すると、農業ファンドの利用する農地面積は249万ヘクタールと推計される。250(組織)/1,557(経営体数)×1548(万ha) =249(万ha)

 農業ファンドが生産する作物はトウモロコシ、大豆、小麦、ヒマワリの4種であり、これらの作付面積合計は約2500万ヘクタールであることから、農業ファンドはパンパ地域の耕種作物作付面積のうち約1割、所有者または借主が耕作しない農地の約2割を占めていると見込まれる。
(表11)パンパ地域における経営体規模別農地の利用状況
(表12)農業ファンドの概況

(ウ)低コスト生産

 5千ヘクタール以上の超大規模な農業生産活動によるスケールメリットと農業部門以外からの投資された豊富な資金力により、一般の農業経営者が借地で生産する場合に比べ、1割程度低いコストでの生産が可能であるとみられる。
(表13)農業ファンドの生産コスト削減内容

 また、生産コストが低いため、農地所有者に対して魅力的な借地料を提示することができる。借地料は近年、期待される単収から算出される販売見込額の35%相当額が最低水準とされている。これは、農地所有者が自ら生産する場合の単位面積当たり収益と同程度の水準である。農業ファンドが借地を申し込む土地は、使い勝手が良い300ヘクタール以上という条件はあるものの、自ら耕作する場合以上の借地料収入が期待できることになる。

(エ)2008年度の不作の影響


 2008年度は降雨不足により、例年に比べ単収が2割以上減と大幅に低下したため、大豆価格が好調な状況の中でも、農業経営者は2009年度の作付けに向けた資金繰りに苦慮している。

 これは農業ファンドも同様であり、は種前(4〜6月頃)に借地料を前払いしていたため、2008年度は大きな赤字となっているといわれている。また、農業ファンドは投資家に対する返済も必要であることから、2009年度の借地料契約をこれまでの前払いから、収穫時の収穫量に応じた後払いに変更する動きが見られる。

 農地所有者にとっては、前払いから後払いへの変化は、借地料の受け取りが遅くなる上に、単収変動リスクも負担することになるが、それでも自らの生産による収益より、農業ファンドが効率的に生産した結果発生する借地料収入の方が有利と見る傾向が強いので、自作に戻る農地所有者は少ないとみられている。

 また、農地所有者の中には、都市へ移り住んでいることや地元の穀物収集業者が廃業していることなど、自作の再開が困難である場合も多い。このため、2008年度に比べ借地料が低下する見込みであっても自作に戻る農地所有者は少ないとみられる。

(オ) ブラジル関係者から見た農業ファンドの評価

 いくつかの農業ファンドは、アルゼンチン国内だけでなく、隣国のウルグアイ、パラグアイ、ブラジルでも活動を開始している。このため、ブラジルでの農業ファンドの活動の可能性について関係者に質問したところ、以下のように天候およびコントラクターの事情が異なることから、アルゼンチンのパンパ地域の仕組みをそのまま導入することは困難という見解が返ってきた。

 (1)  中西部(セラード地域)では収穫時などの農繁期に1週間以上の晴天が続くことがまれであるため、農業機械を自己所有して、天候を見ながらこまめに対応しなければ、作業適期を逃してしまうこと

 (2)  南部(ウルグアイ国境部)では、土地価格が高いため、中小規模の経営が多く、大規模なまとまりある農地を借りることが困難であること

 また、前者の借地料は期待される単収から算出される販売見込額の10%相当額、後者は20%相当額が一般的な水準とのことである。これはパンパ地域の35%相当額に比べて低い。また、このように単位面積当たりの収益性が高いからこそパンパ地域で農業ファンドの活動が始まったとも考えられる。

 しかしながら、2009年度作付けのための資金繰りに頭を悩ませるブラジルの農業経営者にとっては、農業ファンドの仕組みは魅力的に映っており、いずれの生産者団体でも、「アルゼンチンで見られる農業ファンドは将来的に志向すべきシステムであり、ブラジル農業は徐々に近づこうとしている」とのことであった。

(4)2009年度の生産見込み


 トウモロコシの国際価格が高い水準で推移する中で、輸出国であるアルゼンチンは収益、税収増加という恩恵を受ける一方で、飼料価格の上昇により国内畜産物の小売価格の上昇を招いている。このため、アルゼンチン政府は飼料価格の上昇を防止するため、これまで輸出課徴金の税率の引上げや輸出量規制を行ってきた。

 輸出量が生産量に占める割合を見ると、大豆はほぼ全量、トウモロコシも7割程度がとなっており、生産者販売価格の理論値は、「FOB価格×(1−輸出課徴金の税率)−緒経費」となるべきであるが、輸出規制されているトウモロコシは、輸出が制限されるリスク分が価格から割り引かれるため、実際には理論値より低い価格で国内取引されているといわれている。
(図5)国内市場価格
 図6は、この理論値を示した政府公示価格(FAS価格)を国内市場価格で除すことにより、その価格差の変化を見たものである。グラフの上に行くほど、FAS価格に対して国内市場価格が割安であることを示しているが、大豆に比べてトウモロコシは割安で推移していることが分かる。
(図6)FAS価格と国内市場価格の乖離(かいり)率

 次に生産コストを見る。2008年度は肥料および農薬費が上昇したことから、より生産コストの低い大豆生産に移ったため、トウモロコシの作付面積が減少した。2009年度は、肥料および農薬費が2007年度の水準まで戻ったものの、大豆の単位面積当たり収益はトウモロコシより優れる傾向は続いている。

 併せて、支出当たりの収益を見ても同様の傾向にある。先述した農業ファンドは投資家への支払いを行うため、単位面積当たり収益以上に、支出(投資額)当たりの収益が重要な観点になる。

 また、パンパ地帯に降雨不足をもたらす傾向があるエルニーニョの発生も報告されているが、大豆はトウモロコシに比べ、は種時期が遅いため、降雨を待つことができる。 このようなことから、2009年度も作付面積はトウモロコシが減少し大豆が拡大すると見込まれている。
(表14)ブエノスアイレス州(パンパ)での生産費の推計(米ドル/ha)

※販売価格の単位は、米ドル/トン

 2009年度の生産について総括すると、 トウモロコシについては、作付面積は減少するものの、降雨不足の影響により低下した単収が回復すると見込まれることから、生産量は増加する見込みである。また、輸出量は1000万トンに達しない見込みとなっている。
(図7)トウモロコシの単収
(表15)トウモロコシの需給

 一方、大豆については、2009年度は価格が高水準にあることから作付面積が拡大し、加えて降雨不足の影響を受け低下した単収が回復すると見込まれることから、生産量は増加する見込みである。
(表16)大豆の需給表

(6)遺伝子組み換え作物の生産

 GM大豆の商業的栽培は1996年度から、GMトウモロコシは2004年度から始まり、2008年度の作付面積に占める普及率をみると、GM大豆はほぼ100%、GMトウモロコシは84%となっている。

(図8)遺伝子組み換え作物の作付状況
(写真2)除草剤耐性GM大豆
除草剤の効果で、大豆の葉の下の日陰になる部分には雑草は生えにくい。
は種前の除草の必要が無くなったことから、不耕起栽培が可能となり、
1年間に冬小麦−夏大豆の2毛作が可能となり、
穀物生産の拡大に大きく貢献したと言われている。
(写真3)害虫抵抗性GMトウモロコシ
害虫発生を防止することにより5%程度の単収向上効果がある。
害虫抵抗性トウモロコシに抵抗性を持つ害虫を生み出さないようにするため、
区画の一部は非害虫抵抗性トウモロコシをは種。

4.おわりに

 今回の報告は、「アルゼンチンでは成功した農業経営者は都会に住んでいるのに対し、ブラジルでは地元に住んでいる。なぜ異なるのか?」という疑問を持ったことがきっかけであった。聞き取り調査を行うなどの中で得られた情報を基に得た筆者の回答は、

 (1)  アルゼンチンには農業生産を全て任すことができる農業ファンドが存在すること

 (2)  土地に不法侵入を行う土地無し農民運動が無いこと(ブラジルでは土地を不法に占拠し農業生産を行う農民が存在)である。

 また、農業ファンドが成立する理由としては、

 (1)  収穫期など農繁期に晴天が続くことから、コントラクターへの作業委託が容易であること

 (2)  生産物を長期間保管できる簡易な袋サイロ(http://lin. lin. go. jp/alic/month/fore/2008/jan/top-sa01. htm参照)が利用できること

 (3)  生産面では年間降水量750mm以上見込めるパンパ地域ではかんがい施設が不要なこと、流通面ではパンパ地域の中央部に輸出港があるためトラック輸送体系で十分なことなど農業関係インフラがある程度整備され、増産のための新たな投資が不要であること

 など、大豆やトウモロコシの増産に当たり、追加コストが少なくて済むことが挙げられる。だからこそ、伝統的にアルゼンチンは低コストで生産できるトウモロコシを飼料として輸出し、FOB価格で隣国に敵わないブラジルは、国内で飼料として家畜に給与し、食肉として輸出してきた。

 しかしながら、アルゼンチンでは、トウモロコシに対する輸出管理が行われた結果、大豆の収益面での優位性がさらに高まったため、2009年度のトウモロコシ生産量は1500万トン程度まで落ち込む見込みである。一方、ブラジルはトウモロコシの増産が進み、2009年度産の輸出量は1000万トンに達すると見込まれている。このように、2009年度は従前とは異なったトウモロコシ需給状況が見込まれている。

 いずれの国も、他人資本を借りて生産すれば、返済が必要になる。このため収益面での優位性の高い品目に生産が集中することは当然である。今後の南米農業の動向については、単位面積当たり収益性だけではなく、支出当たり収益についても、同程度以上の重みを持って見ていく必要があるであろう。
 

 
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