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米国環境保護庁、家畜排せつ物から放出される大気汚染物質を政府への報告義務の対象から除外

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 米国環境保護庁(EPA)は2008年12月18日、農場の家畜排せつ物から大気中に放出される汚染物質について、放出量が基準値を超えている場合でも連邦政府や州政府などへの放出報告義務を免除することなどを内容とする最終規則を官報に公示した。

 この規則の原案は約1年前の2007年12月28日に公表されていたが、州政府などから実態把握が不十分だとする意見が提出され、2008年9月には政府説明責任局(GAO)の報告書の提出を受けて下院で公聴会が開催されるなど、最終規則の動向は多くの畜産関係者や環境団体の注目を集めていた。(平成20年10月3日海外駐在員情報参照

連邦政府に対する報告は家畜の飼養規模を問わず全面免除

 米国では、1980年包括的環境対応・賠償・負担法(CERCLA。スーパーファンド法)により、健康や環境への悪影響を及ぼす特定の汚染物質を基準値を超えて環境中に放出した場合、連邦政府にその事実を通報することが義務づけられている。また、1986年緊急対策・地域情報入手権利法(EPCLA。改正スーパーファンド法第3部)により、CERCLAの報告対象の放出に加え、CERCLAの基準値を下回る放出やCERCLAで指定されていない汚染物質の大量放出についても、州政府や地方自治体に報告することが義務づけられている。

 今回公表された最終規則は、畜産経営に限定してこれらの報告義務の一部を免除するものである。具体的には、農場の家畜排せつ物から発生する汚染物質(アンモニアや硫化水素など)が大気中に放出される場合に限って、(1)CERCLAに基づく連邦政府への報告義務を完全に免除するとともに、(2)EPCLAに基づく州政府や地方自治体への報告義務の対象を大規模畜産経営(CAFO:1000家畜単位以上の家畜を飼養する経営)に限定すること−などをその内容としている。

 この報告義務の免除の対象は、あくまでも「家畜排せつ物」からの「大気中への」汚染物質放出に限定されており、例えば、農場内の肥料用アンモニアタンクなどからアンモニアが漏出した場合や、家畜排せつ物が土壌や地表水などに漏出した場合などは、これが農場内で発生したものであっても行政部局への報告義務の対象となる。

 一般に、CERCLAに基づく汚染物質放出の報告がなされた場合、その情報は全国海上保安対策センターからEPAに伝えられ、EPAが事案の内容を踏まえて緊急対応の必要性を判断することになる。今回、CERCLAに基づく連邦政府への報告義務を完全に免除する決定が行われたことについて、EPAは、家畜排せつ物から大気中への汚染物質の放出報告を受けて緊急対応をとることは考えにくいため、報告の義務化が畜産経営にとって不要かつ過大な負担になると判断したとしている。

大規模畜産経営における州政府や地方自治体への放出報告義務は免除されず

 今回の規則の制定に先立って2007年末に公表された規則案では、家畜排せつ物から大気中に放出される汚染物質について、CERCLAに基づく連邦政府への通報だけではなく、EPCLAに基づく州および地方自治体への通報についても義務が免除されることとされていた。しかし、前述のとおり、今回の最終規則では、CAFOが引き続きEPCLAに基づく通報義務の対象とされたため、例えば搾乳牛頭数700頭以上を飼養する酪農経営などが、大気中への汚染物質の放出を州および地方自治体に報告する義務を負うこととなった。

 最終規則でCAFOに汚染物質の放出報告義務を課すに当たって、EPAはCAFOに対して「継続的放出」の報告という方法をとること認めている。具体的には、CAFOが州と地方自治体に対して「通常範囲」の推定汚染物質放出量を一度だけ報告すれば、「通常範囲」の上限を超える放出を行わない限り、新たな放出報告義務を免除する手法であり、これにより、実質的にCAFOの報告負担が低減されることになる。

 また、畜産経営における大気汚染物質放出量の実態を把握するため、2007年春からEPAが実施している全国大気汚染放出モニタリング調査事業に参加している畜産経営については、EPAとの調査協力同意書に定められた調査期間が終了し、さらに最終的な事業報告書が公表されるまでの間、州や地方自治体に対する報告義務を免除するとしている。

 CERCLAに基づく連邦政府への報告義務を完全に免除する一方で、EPCLAに基づく汚染物質報告義務をCAFOに限定して残した理由について、EPAは、地域コミュニティの「知る権利」を確保するというEPCLAの法目的を担保するためには州や地方自治体の緊急対応責任者が大規模当該施設の所在地を確認することが重要であるためと説明している。

養鶏団体は最終規則を評価する一方、肉用牛団体は法的措置も視野に

 今回公表された最終規則については、一部の環境団体が特定業種について法規制の適用を除外することについて懸念を表明する一方、畜産関係者の中にもその評価については意見の違いが見られる。

 2005年にEPAに対してCERCLAおよびEPCLAに基づく放出報告の適用除外を申請した全米鶏肉協議会などの養鶏3団体は、今回の最終規則の公表を歓迎する声明を公表している。これら3団体は、今回の最終規則が、家畜排せつ物の分解過程で自然に発生する物質は緊急報告の対象外であるという業界の認識を十分に酌んだ上で、EPAが規制当局の要求、緊急対応の必要性、公衆の関心などとの間で合理的な妥協点を探った結果であると評価している。また、多くの家族経営では緊急報告に伴う負担の問題だけでなく、放出量の現状把握すら行われていないことも課題であるとして、2009年半ばに終了する予定の全国大気汚染放出モニタリング調査事業で技術的な知見が得られることを期待するとしている。

 これに対し、EPAによるモニタリング調査事業に参加していない肉用牛業界は、EPCLAに基づく報告義務が残った点に強い不満を表明している。全米肉用牛生産者・牛肉協会は、放出報告規定は健康や環境へ悪影響を及ぼす汚染物質の放出の際に緊急対応を行うために存在するものであり、野外で飼養される肉用牛経営が対象になることはあり得ないとして、報告義務は一切不要と主張している。その上で、今回のEPAの決定は環境活動家の圧力に屈したものでしかなく、肉用牛経営における独自調査を行っている州立大学等と相談した上で、法的措置も視野に入れて対応を検討するとしている。

 この最終規則は2009年1月20日から発効する予定である。
【郷 達也 平成21年1月12日発】
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 調査課 (担当:藤井)
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